応援団の練習が始まった。
私とN川はまず団室で受け(※1)のやり方を教わった。これが出来ないと本格的な練習を始められないのである。
応援団はいつもグラウンドの端で練習をするのであるが、そこに向かう前に注意されたことがある。それは、団員以外と口をきくなということである。もし途中で知り合いに会っても決して喋ってはいけないのである。これはよく友人達から応援団モードなどと言われていた。
我々は一列になって下駄をカランコロンと鳴らしながらグラウンドの端へと向かう。なんとなく周りの学生からの視線が痛い。今の時代このようなレトロな応援団は好奇の視線で見られるものだ。例によって直角に曲がりつつ、練習場所に到着する。
練習は声出しから始まる。ちゃんと腹から声を出していないとこの時点で声が枯れてしまう。そして各種の技(※2)をやり、応援歌(※3)を歌う。これが通常の練習である。
一番最初の練習に何をやったかは大体予想がつくが、何を言われたかなどは残念ながらもう覚えていない。ただ、この時期は応援歌練習に向けて応援歌の練習をメインでやっていたのは覚えている。自分ではちゃんと声を出しているつもりでも、「もっと声だせぇ!!」と怒鳴られまくった。
とにかく、初日の練習だけで私は中学校でやっていたのはほんのお遊びみたいなものだったと思いしらされ、その後の数日の練習でみっちりとしごかれたのである。
そして、応援歌練習が始まった。応援歌練習というのは新入生を早朝に体育館や中庭に集め、無理矢理応援歌を歌わせるという地獄の練習である。
応援歌練習の初日、時間通りに中庭(※4)に向かった我々新入生は、すでに腕組みをして立っている応援団に迎えられた。この時すでに応援団員であった私とN川であったが、一年生の時には一般学生として応援歌練習に参加していた。我々が一体何が始まるのかと緊張して待っていると、羽織袴姿(※5)の団長が急に組んでいた腕をバラし、腰の後ろに回した。すると、団長の後ろにズラっと並んでいた団員達もいっせいに腕をほどいた。そして──
「うぉぉぉおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっっっす!!!!」
例のアレである。エールを切り終わると団長が語り始めた。
「今のエールはおまえ達が応援団に入団したことを示すものだ」
えええええっ!?
「我々はあくまでも応援団幹部であって、応援団員と言うのはおまえ達一般学生だということを忘れるなっ!」
そうなのである。実はこれは学生会できっちりと決まっていることなのだ。だが、幹部というのはなんだかアレなんで、混乱が生じない限りは応援団幹部のことを応援団員と称することにする。実際に応援団内でも団員で通っていた。
「最初に言っておくが、応援団に対する返事は押忍だっ!」
沈黙。
「返事ィッ!!!」
「はいっ!」
何故か「はい」と言ってしまう我々。
「押忍だぁぁあああっ!!!」
「押忍っ」
「声が小せえっ!!」
「押忍っ!」
「小せえっ!!」
「ぉお押忍っ!!!」
その後、応援歌集を配ったりとなんやかやとあり、そしてまた団長が言った。
「今日は校歌をやる。自分の学校の校歌ぐれえ覚えてるんだろうから、歌集見ねえで歌え」
無茶言うなっ! 入学してそんなに経ってないし、それ以前に普通校歌暗記してるヤツのほーが少ないっつうの。などと文句を言えるはずもなく、我々は怪しげな記憶を掘り起こしながらなんとか校歌を歌う(私は練習をやったので覚えていたが)。が、歌い始めてすぐに、
「やめろっ!!」
と団長の声。
「全然声出てねえよ。おめぇら一体何人いんだよ。俺らより声が小せえじゃねえか!(※6) もう一度だっ!!」
「押忍っ!!」
「小せぇってんだよっ!!」
「ぉお押忍っ!!!」
そして同じことが何度か繰り返される。注意されれば多少は大きい声で歌ったりもするが、全体としてみると大して変わりはしないのだ。もちろん私は(その当時にしては)大きい声で歌っていたが、私一人(およびN川)が大きな声で歌ったからと言ってどうなるものでもない。そのうちに授業開始時間が近づいてくるので応援団も練習をやめざるを得なくなる。
「まだまだ全然声は出てねえが、今日はここまでだ。明日っからはもっと声だせや!!」
「ぉお押忍っ!!!!!!」
終わりだとわかると急に声が大きくなる我々。そして礼をする応援団。
「今日の練習はこれで終わる。よし、解散っ!!」
しばらく動かない新入生。解散と言われて、すぐに戻っていいものか判断がつきかねているのだ。そのうち後ろの方の学生が移動し始め、我々は何となくぞろぞろと移動を始めた。すると──
「ちょっと待てやぁ!!!!」
団長の一喝に立ち止まる我々。
「おめぇら、人に物教わっといて礼も言えねえのかっ!!」
ヒィッ!! 頼んでもいないのに勝手に教えて、礼を強要してるよぉおおっ!
我々はまた元のように整列した。だが、一体どうしたものやら……。一分が過ぎ、二分が過ぎても何もおこらない。応援団は何も言わず、微動だにせず立っているし、我々はただ突っ立っているだけだ。
むむむ、ここは自分が先陣を切って……と思ったとき、
「ありがとうございましたっ!」
と一人の学生の声がした。はうっ、あれはN川の声だっ! 野郎、俺と同じこと考えてやがったな。
「ありがとうございましたっ!」
続いて我々全員が声を揃えて礼を言う。しかし、応援団は何の反応もしない。うわっ、なんかやばかったんだろうか。またしても時間が過ぎる。
「解散だって言っただろう」
しびれを切らしたのか団長がそう言うと、我々はぞろぞろと引き上げ始めた。応援歌練習って一体どんな感じでやるのっかな〜などと軽く考えていた頃の自分には戻れないのだなぁという実感があった。
次の日から二週間、我々はずっと同じように応援歌を歌わされた。一般学生にとっては実際に使う機会など皆無(応援団ですら、実際の応援で歌うことは稀(※7)である。ただし校歌は歌う)であろう応援歌を無理矢理歌わされるというのは苦痛以外の何物でもない。実際、欠席する者が何人もいた。ただし、出席状況はマネージャー(※8)がチェックしていて、後で団員が教室まで欠席理由を聞きに行く(何度も繰り返していると団室呼び出しもあり得る)のである。よって、ほとんどの学生は応援歌練習に参加せざるを得なかった。例外はラグビー部やサッカー部で、新入生は早朝にグラウンド整備をしなければならないという理由で例年欠席を認められている。実際に毎日やっているわけではないはずなのだが、これは慣習となってしまっていたのだ。
そんな感じで非常に憂鬱な気分の毎日を過ごし、新しい学校生活に嫌気が差してくる頃に応援歌練習は終わる。最終日に団長が、この練習が終わっても応援団員として自覚を持ち云々とか言ったりするが、どうせ誰も気にしてはいない。これが終わってしまえばもう応援団なんかと関わることはないのだから。そう、そう思っている甘い学生は、これから自分の身に一体何が起こるのか知るよしもなかったのである。