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応援団物語 - [高専応援団入団]

 私は高専に入学した。仙台電波工業高等専門学校である。高専というのはご存知かも知れないが、五年制の学校で、高校と短大を一緒にしたような所である。卒業時には準学士の学位が授与される。ちなみに共学であるが、男女を半々に取らず単純に試験の結果順で取るため、ほとんどのクラス(約四十名)には女子が数人しかいない。私と同学年のとある学科では半数が女子であったが、それは唯一の例外であり、どうも一般的にはエンジニアを志す女性は少ないようである。
 入学して数日後、クラブ紹介なるものがあった。大きな講義室に一年生が集められ、各クラブの代表者(主に部長や副部長)が部員(クラブ員)を獲得するためにクラブの紹介をするという例のアレである。
「え〜と、科学部ではぁ〜……」
 私は妙に間延びした説明を適当に聞き流していた。私はもう入るべきクラブを決めていたからだ。それは、「美術愛好会」である。私は絵など描けないが、常々趣味程度に絵を学びたいと思っていたのだ。どうでもよいクラブ紹介が続く中、手元の資料を見るとどうやら次が美術愛好会の番のようだ。前のクラブの紹介が終わった。しかし、一向に次が始まらない。一体どうしたというのだろう。
「次、美術愛好会の方です。いらっしゃいませんか?」
 司会者が呼びかけても出てくる様子はない。そのとき、壁際に並んで順番を待っていた他のクラブの部長が言った。
「ああ、そういや部員足りなくて潰れたんじゃなかった?
 ええぇぇぇえええええええっ!?
「そっか、じゃあ次のクラブお願いします」
 あまりの事に呆然としている私の前で何事もなかったかのようにクラブ紹介は進行してゆく。なんてことだ、一瞬にして夢が潰えてしまったこの学校にはどこかのクラブには絶対入らなければいけないという決まりがある※1)というのに、一体どうすればいいんだ!! ぬぅぅ、この学校の文化部は数が少ないし、科学部だのギター部だのにはまったく興味がない。だからと言って運動部なんぞには入りたくない。……昔取った杵柄で、バド部にでも入るか? いや、あんな疲れる練習なんて二度とやりたくない。すると俺に出来るのは、後は応援団くらいか? そうだ、もし練習が楽そうだったら応援団という手もある。今時硬派を気取って厳しい応援団なんぞ存在しないだろう。中学校の時のように適当に遊んでるに違いないさ。
「次、応援団の方お願いします」
 ちょうど応援団の紹介のようだ。さて、一体どんな格好で出てくるのだろう。
 うおぁっ!?
 その人物は、緊張していたり妙にニヤケていた他の部長連中とは、発しているオーラが違った鋭い眼光にきっと結んだ口元。色がくすんで茶色っぽくなった長ラン(裾の長い学生服)にやや細身の体を包み、腰まで届きそうな漆黒の長髪をたなびかせて壇上に立つ。今までと違う雰囲気に皆が息を呑む。そして、その人物は壇上のマイクには一目もくれず、竹刀を勢いよく自分の前についておもむろに頭を下げた。あ、あれは、ブルース・リー流の礼の仕方だっ!! さすがに応援団だけに足は肩幅に開いているが、頭を下げつつも目線は正面を見据えているのだ。そして……
ゥォォオオオオオーーーーーーッッス!!!
 その大きいとは言えない体から一体どうやって出したのか、とんでもない音量の声が発せられた。そして、瞬間的にパッと頭を上げると、よく通る声で話し始めた。
「我々応援団では団員を募集している。やる気のある者は放課後、応援団室に来るように。以上だ」
 そしてまた先程のように※2)をし、最後には普通の礼※3)をしてまた壁際に戻っていった。横目でちらりとそちらを見ると、床についた竹刀に両手を乗せ、微動だにせずに立っている。
 すげえ、凄すぎる。というか、すご過ぎるぜ応援団。あまりにも中学時代とはレベルの違う応援団の姿に、私は応援団に入るのはよした方がいいかもしれないと思っていた。

 その後すぐに体育館に移動し、新入生歓迎会なるものが催された。これは、新入生全員を体育館の壇上を通らせ、上級生の目に止まった者(面白そうなヤツとか、なんとなく生意気そうなヤツ等)に芸をさせたりするという、要するに新入生イジメである。
 これは数年後の歓迎会でのことだが、思い出したので書いておこう。と言っても私は新歓に興味がなく参加していなかったので、これは友人から聞いた話である。ある一人の女子学生が止められて何かやれと言われた。すると、その学生は「月に代わっておしおきよ!」と、当時放映中であったセーラームーンの物まねをしたのだという。その場にいなかった私にはその学生がどの程度恥を捨てて演じたのかはわからないが、結構受けたそうだ。そして、その次に捕まった男子学生がやった芸はまったく受けなかった。上級生達が「土下座して詫びろ」と言うと、その男子学生は「セーラームーン助けてぇ!!」と叫んだという。恐らく、その場にいればかなり笑えたと思われる。私は自分が一年の時にしか参加していないので詳しいことはわからないが、実際にはそういう笑える場面というのは少なかったようだ。今現在でも続いているのかは不明である。
 さて、話を戻そう。
 体育館に入場する際、すでに体育館には上級生が集まっていた。そして、壁際には六名の応援団員が腕組みをして立っていた。皆厳しい表情で黙ったままである。少し離れた場所では一人の団員が旗を揚げていたのであるが、これが凄かった。ただ突っ立って持っているだけでもつらそうな木製の長いポールを持ち、その旗持ちは腰を中腰のようにして立っていたのである。
 やばい、やばいぞ。これは本物の応援団だ。私が中学の頃にやっていた応援団など偽者に過ぎなかったのだ。
「では、応援団からのエールです」
 司会者がそう言うと、一番端に立っていた一人だけ紋付袴姿の団員が他の団員に声をかけた。
「よし、行くぞ」
「押忍っ!」
 曲がるときには直角に曲がり、直線的な歩き方で我々一年生の前にずらりと並ぶ応援団。先頭を歩いていた紋付袴の団員が一番中心に立ち、他の学ラン姿の団員はそれより一歩下がった位置に等間隔で並ぶ。そうか、あの紋付袴姿の人は団長なのだ。団長はあの長髪の団員と同じように礼をし、そして、腕を振りながらエールを切り※4)始めた。
「フゥレェェエエエエエエエエーーーーー!!!」
 ドン! ドン! ドン!
「フゥレェェエエエエエエエエーーーーー!!!」
 ドン! ドン! ドン!
でぇぇええええええぇぇぇえっ! うぅぅううううううぅぅぅうっ! ぱぁぁぁあああああああぁぁぁぁあっ!!!!※5)」
 はぐっ、声量が中学時代の応援団とは違いすぎるっ! あまりに大声過ぎて何を言っているのか聞き取れない程である。しかも太鼓だ。中学時代にも太鼓はあったが、その時はトントンとかボンボンとか鳴っていた太鼓が、物凄い音で鳴り響いている!!
 団長に続いて全員で声を張り上げる応援団。
「セェエエエエエエエエーーーーーー!!!!」
 ドコドコドコドコドコドコドコ…………………ドンッ!!!
「フレェェエエエエエ!! フレェェエエエエエ!! でぇええうぅううぱぁああ!! フレェェエエエエエ!! フレェェエエエエエ!! でぇええうぅううぱぁああ!!」
 ドコドコドコドコドコドコドコ…………………ドドンッ!!!
 エールが終わり、そして礼。すると団長は足元に置いた小振りな校旗を手に持ち、そして叫んだ。
「校歌ぁぁぁああああああ!! 一番! うったえぇぇえええええ!!! GO!」
「天にぃぃいいいいい声あぁぁり!!!! たっゆるなくぅうううう!!!!」
 校歌の歌い始めに、しかも応援団が何故に「GO」なのかなどとはその時は気にもならず、私は応援団の声の大きさ、そしてきびきびとした動きなどに驚いていた。何もかもが違いすぎる。校歌にしても中学時代は皆より多少大きい声で歌うくらいであったのが、彼らはたったの数人で体育館を震わせるかのような校歌を歌っているではないかっ!!!
 応援団が去り、新入生イジメが始まった頃、私はバド部に入ろうと半ば決心していた

「応援団怖かったなぁ……」
「ああ、ウチの中学にも応援団あったけどさ、全然迫力が違うよな」
「俺らんとこもあんなに迫力なかったよ」
 体育館から教室に戻る途中、私はまだ知り合ったばかりの同級生たちとそんな会話をしていた。そして、教室に入ろうとしたとき、何やら中が騒がしいのに気がついた。どうしたのだろうと思っていると、黒板に群がって話をしていた数人の学生のうちの一人が私に気がついて私を呼んだ。
「おい、これ見てみろよ」
「? どったの?」
 その学生は黒板を指し示していた。黒板には、縦書きの文字でこう書かれていた。

『電子制御工学科一年○番 THUくん
 放課後四時に応援団室に来るように』

 なにぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいい!?
 なんだ、これはなんだっ!? 誰かのいたずらかっ!? いや、夢か、夢なのかっ!?
「これ……誰が書いたんだ?」
「いや、俺最初に戻って来たんだけどそんときにはもう書いてあったよ」
「ちょっと待て、なんで俺が呼び出されなきゃならないんだ。俺何も悪いことしてないぞっ!?
 そのとき私は自分が何を言ったのか覚えていない。後で聞いた話では、何故なんだと叫ぶ私の顔は真っ青であったという。
災難だな……」
「頑張れよ」
生きて帰って来いよ……
 哀れそうに私を見つめる同級生たちに別れを告げ、私は重い足取りで応援団室に向かった。黒板には簡単に場所の説明が書いてあったので、団室の場所はすぐにわかった。しばし、扉の前を行ったり来たりしていたが、逃げたら余計まずいことになるだろうと思い、私は決死の覚悟で扉をノックした。
 コンコン……
「おう、入れ」
「し、失礼します……」
 ゆっくりと扉を開ける。そこには、新歓の際に見た顔がずらりと並んで立っていた。団長と例の髪の長い団員、そしてもう一人の団員の計三人は椅子に座っていた。団長と副団長なのだろうか。そして、床には私と同じく一年生と思われる学生が座っていた。その一年生は扉を開けて入って来た私を振り返った。するとその顔はっ! 同じ中学出身であまつさえ共に応援団員であったN川ではないかっ!! そうか、中学時代に応援団をやっていた者を呼び出しているのだ。
「まあ座れや」
「は、はい」
 N川と並んで、なんとなく体育座りで床に座る。ヘビに睨まれたカエルのような気分である。そして、勧誘が始まった。あまりにビビっていたために、どんなことを言われたのかはあまり覚えていない。どういう活動をするのだとか、応援団に入るとこんないいことがあるぞ、とかそういう話をされたような気がする。そして一時間程体育座りのまま話を聞かされた。私もN川も特別に入りたいクラブなどなかったし、応援団自体は嫌いではなかったが、あまりにも中学時代とレベルの違うこの応援団でやっていける自信などまったくなかったのである。だが、我々に選択の余地があるとは思えなかった強面の団員がずらりと並ぶ中にちょこんと体育座りをした二人が、どうして否などと言えようか。少し二人で相談する時間を貰った我々は、団室の外でしばし話し合った。そして、二人揃って入団することに決めたのである。

 中学時代に何となく気まぐれで入った応援団。その所為で高専でも応援団に入ることになるとは夢にも思っていなかった。兎にも角にも、私の高専生活はこうして応援団生活と呼べるものとなったのである。


※1この学校にはどこかのクラブには絶対入らなければいけないという決まりがある
 後に判明したことだが、実は愛好会はクラブではないので、愛好会のみの所属は認められないとのことであった。
※2
 電波高専の応援団では、頭を下げ、「押忍」と言い、そして頭を上げるという一連の動作を『礼』をすると言う。
※3普通の礼
 直立した状態で頭を下げ、一、二秒後に頭を上げるという通常の礼を、応援団式の礼と区別して「普通の礼」などと言うことがある。
※4エールを切る
 応援団と聞くと一番に連想する「フレー、フレー、○○ー」という応援方式をエールという。一般的に「頑張れ」と声をかけることをエールを送ると言うが、そのエールと同じものである。応援団ではエールを送ることを、「エールを切る」と言う。
※5でうぱ
 「でんぱ」の事。大声で叫ぶときには、「ん」という音は非常に出しにくい。そこで、「ん」を「う」と言い換えているのである。

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