おかしなこともあるものです。第十五回の「何故ドラえもんはTPに黙認されているのか」を読み返してみたのですが、ドラえもんを捕らえてみせると言った学生など、私は知らないのです。最後に出したレポートも、TPの持つ危険性とその対策について思うところを書かせただけだったはずなのですが……。まあただの記憶違いでしょう。大して気にする程のことでもありませんね。
さて、三日程前、私の友人である唐揚げ丸警部が私の研究室に来て愚痴をこぼしました。彼が今扱っている殺人事件は、実は密室殺人だと言うのです。しかも、本来自殺に見せかけるために行われるべきトリックであるにも関わらず、被害者は明らかに他殺であり、さらにダイイング・メッセージも残していたというではありませんか。その「山」と読めるメッセージを手がかりに捜査を進めたものの、被害者は山岳部に所属していて、そのメンバー内に山の付く名前の人間が五人もいて、さらにその五人は被害者が殺された時刻には全員山登りをしており、加えて全員動機を持っているという、まったく参考にならないメッセージに振り回された数日だったというのです。
「颯爽と名探偵にでも登場してもらいたいよまったく……」
ため息をつく彼に、私は言いました。
「任せたまえ、唐揚げ丸くん。その名探偵は私が用意しようじゃないか」
「ほ、本当か!?」
驚く彼に、私は説明を始めました。
皆さんは探偵をご存知ですね? もちろん浮気調査をするような探偵ではなく、殺人事件等をあざやかに解決する探偵(もしくは探偵役)のことです。最近では金田一少年やらコナン少年などが有名ですが、シャーロック・ホームズ、エルキュール・ポワロ、ジュール・メグレ、ミスマーブル、エラリー・クイーン、金田一耕助、明智小五郎など、名探偵と呼ばれる人たちが世の中には数多く存在します。その中でも、安楽椅子探偵と呼ばれる探偵がいることをご存知でしょうか。自ら調査をし、情報を集めて推理する探偵とは違い、限られた情報を与えられただけで天才的な閃きと並外れた推理力をもって事件を解決する探偵のことです。現場に赴くことなく、座したままで鮮やかな推理をすることから安楽椅子探偵と呼ばれるのでしょう。この種の探偵としてはフェル博士が有名ですが、他にもシャーロック・ホームズの兄であるマイクロフト・ホームズや、最近では中善寺秋彦なども安楽椅子探偵と言えるでしょう。
「そこで、だ」
「ふむ?」
「安楽椅子探偵にヒントを得て、私は新しい探偵を考え出したのだよ明智くん」
「怪人二十面相ごっこはいいから続けてくれ」
「面白味のない男だなキミは。まあいい。私の考えた新探偵とは、電気椅子探偵だっ!!」
「はぁあ?」
おかしい。本来ならここで、素晴らしい、ブラヴォォと拍手が起きるはずなのですが……。
「おまえ、それはただ単に言葉遊びじゃないのか」
「うるさいっ! 科学捜査の何たるかも知らぬ凡人は黙っていろ!」
「いや、そもそもおまえは捜査してるわけじゃないだろう」
「さあ、あのマシンを見てくれたまえ!」
「人の話を聞けよ……」
凡人の言うことなど聞く耳持ちません。私は彼に、電気椅子探偵製造装置を見せ付けました。
「キミは実に運がいい。つい先日完成したこの装置を試そうという日にやってくるのだからな」
「装置って、ただの電気椅子じゃないのか」
またしても文句を言いやがる凡人を完全に無視し、私は装置の準備にとりかかりました。入念に動作確認をし、ヒデ丸くんに言って、助手二号を装置に座らせました。
「彼は私の助手で、この実験に自ら志願してくれてね」
「かなり嫌がっているように見えるが……。それに、あの猿轡と目隠しは何のために?」
「良い質問だ。いかに天才たる私の作った物であっても、やはりミスはつきものだからね」
「ミスっておまえ……」
「成功すればあの助手二号の推理によって密室殺人などちょちょいのちょいで解決だ! さあ始めよう!!」
「いや、だからな、」
「スイッチオン!!!」
凄まじい音とともに助手二号の体が椅子の上で跳ねあがりました。しかし、彼の体はしっかりと椅子に縛りつけられているので、椅子をガタガタと鳴らしながら暴れるように体を揺すり続けました。
「お、おい、もういいんじゃないのか?」
「いや、まだだ。素人は口をはさまないでもらおう」
数分、いや、数十分も続けたでしょうか。彼の抵抗が心なしか減ってきた辺りで私はスイッチを切りました。がっくりとうなだれた助手二号の体からは薄く煙があがっています。
「見たまえ、新探偵の誕生だ」
「……………」
「さあ、助手二号! キミのその覚醒した脳の威力を我々に見せ付けてくれぇえええ!!」
しかし、助手二号はピクリともしません。何やら肉の焼けた匂いが漂ってきます。
「先生、どうやら失敗のようです。二号は死んでいます」
「そうか、残念だな。また失敗か」
「ま、またって、始めての実験じゃないのか!?」
「電気椅子探偵製造装置としては初めてだが、アレは本来、灰色の脳細胞活性化装置だったのだよ。まあ失敗続きだったんで少し改造してみたんだが、やはりダメだったようだな」
「なんじゃそりゃぁあああ!!」
「まあそう気を落とすな。今度犯人製造機を作ってやるから。な?」
彼の肩を叩くと、彼はがっくりと首をうなだれました。
「あ、それとも、あの助手二号を犯人にしちゃおうか? もう文句も言えないし」
唐揚げ丸警部はゆっくりと首を横に振り、
「地道に捜査を続けるよ……」
と言って、肩を落としたまま研究室を出ていったのでした。
それではみなさん、科学する心を忘れずに。