皆さん、どうもお久しぶりです。スミレ博士の助手のヒデ丸です。最近は何だか体の調子が良くて、力が有り余っている感じです。缶ジュースを軽く掴んだだけで握り潰してしまったり、知り合いの肩を叩いただけで骨折させたりしてしまいました。また、いつのまにか奥歯にスイッチが取り付けられていて、これを舌で押すことによって加速装置が使えるようになりました。まるで島村ジョーのようですね。サイボーグじゃあるまいし、一体どうなっているのでしょうか。博士に尋ねたところ、「ちょっと実験してみただけだ」と言われました。まあ便利だから良しとしましょう。
ところで、こうしてこの講座を任されるのは第七回の「マクスウェルの悪魔」以来でしょうか。あれから一体どれぐらい経ったでしょうかね。この講座が始まってからもう三年近く経っているのに、未だに十六回目ということは、おや? すると二ヶ月に一回はやっている計算になりますね。そんなに悪いペースでもないような気がしてきました。とは言っても、実際には一年間この講座がなかったりしたわけで、それはすべてスミレ博士がおかしな研究ばかりして遊んでいる所為です。もちろん僕だって何度も注意したのですが、あの人が人の話を聞くわけがありませんからね。ま、あまり講座が開かれないようでしたら、今回のように僕が代わりを務めることにしましょう。
さて、今回はタイトルにあるように「妖精捕獲作戦」についてお話するんでしたね。マクスウェルの悪魔を捕らえてから、僕はそちらの方面に興味を持つようになりまして、街で見つけた怪しげなグッズショップに何度か足を運んでいました。そしてそこで「妖精捕獲グッズ」を見つけたのです。この前先生が小人の代わりに悪魔を使う制御システムを考え出しましたが、悪魔よりは友好的に思われる妖精を使えばもっとスムーズに制御できるのではと思い、僕はそのグッズを購入することにしました。靴屋の小人も、要は妖精の一種でしょうし。
ところが、店員の何だか怪しげな雰囲気のお姉さんの言った金額はとても僕に払えるような金額ではありませんでした。僕の落胆した様子を見かねたのか、その店員はレンタルしてもいいと言うではありませんか。
「ふふっ、気をつけなさい。妖精が友好的だなんて思わないことね……」
捕獲グッズを手に店を出ようとした僕に、店員は怪しげに笑いかけたのです。僕はなんだかその笑いが気になりましたが、とにかく妖精を捕らえるのが楽しみで、すぐに忘れてしまったのです。
僕はさっそく手頃な靴屋を探すことにしました。顔の広い先生に頼めば靴屋の一人や二人はすぐに紹介してくれるでしょうが、僕は今回は一人で妖精を捕獲しようと考えていました。僕にも多少のプライドがあります。先生のような天才にはなれないにしても、僕が、やるときにはやる男だと先生に示したかったのです。僕は足を棒にして街中を捜しまわりました。最近はメーカから送られてくる靴をただ並べているような靴屋が多く、昔ながらの靴屋はなかなか見つかりません。まさか、道路に埋め込まれた電磁石と反発して宙に浮き、高速で移動出来る「リニア・シューズ」や、靴底に仕込まれたジェットエンジンで空を飛ぶ「スカイ・シューズ」を扱っている靴屋に小人が現れるとも思えませんので、僕は必死に理想の靴屋を探しました。
そして、辺りが暗くなり、夜の時間が始ってしばらく経った頃、何年も誰も通っていないような薄汚い裏路地でようやく見つけたのです。その狭い店内に入ると、そこは工房のようになっており、古臭いランプの明かりが揺れる影を作り出していました。僕が店内を眺めていると、店と同様に古ぼけた老人が僕に尋ねました。
「……なんじゃね、こんな時間に。靴の注文かね?」
その老人の傍らには、作りかけの靴が転がっています。これだ! ここなら小人が現れるに違いない! しかし僕はさらに老人の名を尋ねました。
「? ワシはジュゼッペじゃ。ジュゼッペ・マイヤートじゃよ」
ジュゼッペ!! 間違いないっ! こんな古びた靴屋で、しかもこんなにそれっぽい名前で小人が現れないはずがないっ!!!
「あの、靴屋の小人について聞きたいのですが」
「は? 小人?」
老人はわけがわからないという顔をしています。騙されてはいけない。こんな小人が出るのに絶好の場所にいて、小人を知らないはずはありません。
「そんな、隠さなくてもいいじゃないですか。ちょっと調べるだけですから」
「な、なんなんじゃね、アンタは。わけのわからんことを言わんでくれっ」
強情な老人です。そんなにも小人を一人占めしたいのでしょうか。
その時、手に持っていたカバンがぶるっと震え、ひとりでに開きました。中にはロープと布キレ、そしてガーゼとクロロフォルムと書かれたビンが。
「ナイス捕獲カバン!」
僕はにこやかに笑いながらクロロフォルムの染み込んだガーゼを老人の口にあてがいました。老人はしばらく抵抗していましたが、やがてがっくりと力を失ってうなだれました。気を失った老人に猿轡をかませ、ロープで縛ります。店内は狭く、老人を片付けるスペースがなかったので、店の外に放り出しておきました。なぁに、どうせ人通りのない裏路地です。見つかりっこありません。
そして僕は夜中になるのを待ちました。やはり、夜中にならなければ小人も現れにくいでしょう。そう思ってしばらく待ちました。十時、十一時、十ニ時、一時……。夜はどんどん更けて行きますが、小人が現れる気配すらありません。靴を作っていないとだめなのか、それとも靴屋以外の前には現れないのでしょうか。そうなると、あの老人を使うしかないな……。そう考えていると、またもやカバンがひとりでに開きました。中には一枚の羊皮紙が。なんとそれには、『靴屋の小人を呼び出す呪文』と書いてあるではありませんか。しかも、丁寧に唱え方まで書いてあります。
僕はすぐにそれを実行に移しました。まず、疲れたような表情で靴を作ります。これは、作っているフリでいいようです。次に、いかにも眠たそうにこっくりこっくりと何度か首を落とします。そして「イカンイカン」などと言いつつ頭を振って、ここで呪文を唱えるのです。
「Asita-Made-Ni-Tanomareta-Kutu-O-Siage-Nakya-Ikan-Noda. Nemuru-Wake-Niwa-Ikan.」
呪文と動作を何度か繰り返した後、遂に眠ってしまったかのようにがっくりとうなだれて、静かに寝息を立てます。後はこのままの態勢で小人が現れるのを待つだけです。カッチ、コッチ……。古ぼけた時計が時を刻む音だけが聞こえます。眠った振りをしてから何分経ったのでしょうか。十分? 三十分? それとも一時間は経ったのでしょうか。なんだか時間の感覚が怪しくなってきました。
「……ってんじゃねえぞコラ」
僕は何者かの声で目を覚ましました。眠った振りをしているうちに、本当に眠ってしまっていたようです。薄く目を開けると、作りかけの靴の前に数人の小人が立っています。彼らは二派に分かれ、何か口論しているようです。しばらく話を聞いていると、だんだんと事情がわかってきました。どうやら、まず三人の小人が靴を作ろうとしたようです。しかし、人間に媚びることを嫌う他の四人の小人が現れ、彼らを止めようとしているようなのです。
「何度痛い目にあえばわかんだよォ。人間に媚びてんじゃねえぞコラァ」
「そ、そんな媚びるだなんて……」
やけにガラの悪そうな小人が、気の弱そうな小人に食ってかかっています。
「ぼ、僕らは人間の家に住ませてもらっているんだ。そのお礼をするのは当然じゃないか!」
「お礼だぁ? オメー、この前バルサン焚かれて酷い目にあったの忘れたわけじゃねえだろうなあ」
「あ、あれはだって、ゴキブリが悪いんじゃないか!」
「なんだとコラァ! 俺のダチにケチ付けんのかよっ!」
ドガッ、ガスッ
ガラの悪い小人が気の弱そうな小人を殴りつけます。ガラの悪い小人の仲間はそれをヘラヘラ笑いながら見ており、気の弱そうな小人の仲間はおどおどしながらそれを見ています。
なるほど、この店の老人が小人を知らないと言ったのは本当だったようです。つまり、老人が寝ている間に小人は現れていたものの、ガラ悪小人によって靴作りは阻止されていたのです。だから、老人は小人の存在に気づいていなかったということなのでしょう。
それにしてもガラ悪小人のムカつくことと言ったら。まったく、自分を何様だと思っているのでしょう。小人なんぞ人間様のために働いていればいいものを、人間のために働こうとしている小人をシメるなんて言語道断です。小人のくせに生意気です。
そう思っていると、カバンが開いて、ハエ叩きが出て来ました。これで叩けというのでしょうか。幸い小人たちはこちらの動きに気がついていないようです。僕はハエ叩きを持つと、気弱小人をボコっていたガラ悪小人に叩きつけました。
「ぐべっ」
ガラ悪小人は搾り出すような声を上げ、他の小人は驚きの表情で僕を見上げます。続いて他のガラ悪小人を叩きのめそうとすると、最初に叩きつけたガラ悪小人が立ち上がったではありませんか。
「やっろぉ〜、よくもやりやがったなぁ」
なんと、ハエ叩き程度では大して効かないようです。そう、大事な時には役に立たないアイテムを売りつけるのがあの店のやり方だったのです。
「死ねやコラァッ!」
ガラ悪小人たちはその辺からナイフや包丁を持ち出し、僕に向かってきました。僕はかわそうとしましたが、店が狭い上に、彼らの動きはとても素早いのです。
ドスッ!
僕のわき腹にナイフを突きたてたガラ悪小人は「ギヒヒ」と笑いました。しかし、すぐにその笑い驚きにかわりました。
「な、なんだよ、刺さらねえ!」
そうなのです。僕もすっかり忘れていましたが、僕は最近、牛乳を毎日飲んでいる所為か体が丈夫になったので、ナイフ程度では傷も付かないのです。僕は慌てる小人に手の平を叩きつけました。バンッと音がしただけで、悲鳴は聞こえませんでした。僕の手の平は真っ赤な血に塗れています。僕はその血に塗れた手の平を見せ付けるようにして、残りの小人たちに尋ねました。
「キミたちもこうなりたいかい?」
「ひ、ひいっ!」
ドバジャッ!
逃げ出そうとしたガラ悪小人の残り三人をまとめて叩き潰しました。小人はかなり素早かったのですが、加速装置が使える僕にはその動きは止まって見えました。あまりの恐怖に声も出せない気弱小人たちに、僕はなるたけ優しく、実験に協力してくれないか、と尋ねました。ガラ悪小人の返り血を浴びた僕の顔がよっぽど怖かったのか、気弱小人たちはカクカクと自動人形のように首を縦に振ったのでした……
後日、事の顛末を先生に話したところ、先生は捕獲した小人よりも、捕獲セットを貸してくれた店に興味を持ったようでした。
「最後の最後で役に立たない物が出てくる辺り、もしかするとその女……」
「何か心当たりが?」
「ふ〜む、ヒデ丸くん。その店に案内してくれないかね」
僕は先生と例の店に向かいました。しかし、何故か店は見つからなかったのです。
「おかしいなぁ。昨日まではここにその店があったはずなんですが……」
そう、店のあったはずの場所にはオレンジ色の象が立っていました。その店の店員に尋ねても、以前からここにはこの店があったと言うのです。
「ふむ、やはりな」
「いったい……一体どういうことなんでしょうか?」
「ヒデ丸くん」
先生はやけに真面目な顔になって言いました。
「あの女に関わると不幸になる。この事は忘れたまえ」
「………」
先生がそんなことを言うなんて驚きました。僕は納得出来ない気持ちもありましたが、ここは素直に先生の言う通りにすることにしました。
「そのカバンは私が預かろう。少し調べてみたいのでな」
それ以来、先生はこの件について語ろうとはしません。あの女は一体何者だったのか。欠陥品とも言えるアイテムを貸し出して何を企んでいたのか。すべては謎のままです。
アウターゾーン。意味はよくわかりませんが、何故かそんな言葉が僕の頭をよぎりました。