[MainPage] [Back]

浅い眠り - [02]


16. 職業は正義の味方(C98)

 俺は仕事が嫌になっていた。
 そんなある休日、俺は街をぶらついていた。
 普通の街だ。でも知らない街。
 ふと、路地裏を覗き込むと、誰か居る。
 女性を盾に取る悪人と、正義の味方が対峙しているのだ。
 三人とも随分と分かりやすい格好をしている。
 正義の味方は悪人を殴り倒すと、なぜかこちらに歩いて来た。
「君、正義の味方にならないか?」
 随分と急である。
 しかし、正義の味方といえばそりゃもう、みんなの憧れの職業だ。
 俺はすでに就職しているにもかかわらず、そんな事を考えていた。
 副業なんざ、バレなきゃクビになるまいと思ったからだ。
「なります」
 そう告げた瞬間、俺は正義の味方になった。
 空も飛べるし、力だってある。
 なんだか得した気分だ。
 仕事をサボって飛びまくった。
 路地裏で悪人を見つけては、説得して更正させた。
 正義の味方と名乗れば、悪人どもは逆らう事無く服従する。
 素晴らしきかな我が人生。
 そんな矢先、僕は部長に呼ばれてクビになりました。
 寮を追い出されました。
 とりあえず友人の家に強引に住み込み、正義の味方を続けようと思いました。
 が、田舎から母親が現れました。
「なにやってんの!」
 びっくりして目が覚めました。
 母は強いです。


17. 魔術師になる方法(☆)

 高専時代に見た夢である。
 僕は教室にいた。友人達がマンガを読んだり数人で話したりしていて、いつもと変わらぬ光景であったが、僕にはそれが夢であることがわかっていた。そしてふと、友人であるTHUの愛読書、ムーに載っていた魔術師になる方法を思い出した。それには、魔術師は夢を自由に操るという事が書いてあり、第一歩として夢の中で「これは夢である」という自覚を持つこと、そして次にその夢の中の舞台を自分の思った通りに変更するということが書いてあった。
 自分は今、これが夢であるということがわかっている。これはいい機会だ、早速試してみようと思い、僕は教室から火星になるように念じた。すると、突如見慣れた教室が火星に変わった。教室内の机や椅子、クラスメートはそのままに、周りは確かに火星に変わっていたのだ。やったぞ、これで魔術師に一歩近づいた。
 皆は教室から火星に移動したことに気づいていないらしく、先程と同じようにめいめい会話をしたりしている。その時、ガタっと音がして一人の男が椅子から立ちあがった。その男、THUは何故か火星に変わったことに気がついたらしく、物凄い形相で僕のほうにずんずんと歩いて来る。やばい、なんだかすっごく怒ってるよ。彼はそのまま僕の目の前まで来ると、
「いきなり何すんじゃコラァ!」
と言って僕を殴りつけた。殴られて漫画のように一直線に壁まで吹っ飛んでいった僕は、何でこうなるんだ、と思った。
 そこで、僕は目が覚めた。


18. カジノの救世主(THU)

 高専時代に見た夢である。
 私はカジノの様な場所にいた。もっとも私はカジノという場所には行ったことがないからそれが正確なイメージなのかはわからないが、TVで見るようなルーレットやポーカーのテーブル、それにスロットマシーン等がずらっと並んでいる場所だった。
 私はそこでずっとスロットをやっていたようで、しかも負けているらしかった。何度やっても絵柄(数字)がそろわず、とうとうコインが最後の一枚になってしまった。私は祈るような気持ちでそのコインをスロットマシーンに投入した。
 バン!!
 大きな音をたてて近くの扉が開き、そこには奇妙奇天烈な格好した男が立っていた。友人の☆だった。☆は赤地に金色の刺繍のしてある服を着ており、やたらと悪趣味な王冠を被っていた。私が唖然として見ていると、彼は真っ赤なマントを翻し、
「ゴールドマーン!!!」
と叫んで、私がコインを投入したスロットマシーンを両手で掴んだ。何がゴールドマンだ、この馬鹿は。もとから怪しかったが、とうとう頭がイカレちまったのか、と思っていると、彼の体はスロットを掴んだ腕を支点にしていきなり回転し始めた。肩が自由に回転したとしても、足がスロットにぶつかってしまって回転など出来るはずもないのに彼は当然のように回転している。回転速度はみるみる上がり、彼がまた「ゴールドマーン!!」と叫ぶと、急にスロットからコインが溢れ出した。コインは怒涛のように流れ出し、床を埋め尽くしてゆく。私はあまりの事態に喜べばいいのやら驚けばいいのやら困っていたが、あまりのコインの多さにだんだんと身動きが取れなくなってきた。カジノ内はもうコインで溢れかえっている。そんな中、未だに回転を続ける☆の叫びが怒涛のようなコインの音に負けずに響いていた。
「ゴールドマーン!!」
 そこで、私は目が覚めた。


19. 深夜のエレベータ(赤っぴ)

 今現在会社のあるビルは、6時以後にはシャッターがおりてしまい、カードキーがないと入れなくなっている。が、各フロアともに、エレベーターを降りるとすぐに会社に入る形になっているため、会社に人が残っている場合、外部からの侵入者はエレベーターに乗れば、即会社内部まで入ることができるのだ。
 大抵私は終電まで仕事をしているので、深夜のフロアには私一人でぽつんと仕事をしており、エレベーターがかなり恐い。仕事を終えて帰る時には、電気類をすべて消してからエレベーターに乗り込み、1Fでエレベーターのロックをするのだ。

 この、最後にエレベーターに乗り込むのが毎回毎回恐ろしい。
 フロアは真っ暗、そこに静かにやってくるエレベーター、無言で開く扉。
 ……ああ!
 ここで私はいつも、昔みた夢を思い出す。

 友人のマンションに夜訪れてエレベーターに乗り込むのだが、そのエレベーターは窓つきで、中が見えるようになっている。
 1Fに降りてきたエレベーターは窓から見ると人が乗っていない。
 そこで乗り込むと、階のボタンの下あたりに包丁を持った男がしゃがみこんでいるのだ。
 驚いて逃げようとしても、もうエレベーターは動き出してしまって、どこにも逃げ場がない……

 ……という嫌な夢だ。
 この夢を思い出してしまうために、私はいつもエレベーターの扉が開くと、そこに誰かうずくまっていないか確認してから乗り込むのだった。


20. ゲーム感覚(BUREI)

 息を切らして非常階段を駆け降りる私。11段ごとに踊り場が現われ、そこで時計回りに反転する。反転する際、必ず上を見やり、何も追ってきていないのに安堵し、更に階段を駆け降りる。
 不意に階段が消失する。『18』と白抜きゴシックで表示された壁とその壁の脇にある小さな扉を残して、永遠とも思えた階段は消失していた。呆然とする暇もなく、その扉を開けると、ガラス越しに吹き抜け構造になっているビルだということがわかる。新宿NSビルのような、造り。
 閉塞感が私を襲うが、どうにか打破しようと逆サイドにある非常階段を屋上まで駆け上る。地上から吹き上げるビル風。そして、当然のようにエレベーターの制御塔を見つけ、運良く屋上に来ていた箱の上部に静かにただずんだ。中には数人の男が乗っているようで「ダイハード」を思い出す。やがて、階表示が消失し、扉が開く。正面には白抜きゴシックで『17』と表示されていた。
 私はエレベーターの天井部を破壊し、17階に降り立った。18階のようにビルの吹き抜け構造が見えるわけでもなく、ロックの施された扉だけがフロアの奥に設置されていた。扉はロックされているはずなのだが、私がその扉の前に立つと自動扉のように横にスライドし開く。
 開いた扉の前には、横文字の名前と数字が整然と表示された扉があったが、それに目をくれず左を向く。すると、そこに目をひきつらし、口を歪めて笑っている男がいた。とっさに頭によぎったのが裏切者というフレーズ。だが、どうもその男の顔を思い出せなかった。本当に裏切られたのかどうか確信を持てない。
 私がなにかその男に尋ねようとすると、不意に右の扉が開く。中から緑色の体で白い仮面を被り、頭をボサボサにおったてた巨体のオッサンが出現したかと思うと、私に襲いかかった。体制の整っていない私はその敵を視界に入れることが出来ず、Doomなどのゲームで後部から突然襲われた時と同じように視界がフラッシュした。そして私の前方で不敵に笑みを浮かべている男のことを思い出す。ああ、この前、裏切った男か。
 以前、この男と私は緑色のオッサンを薙ぎ倒し、その部屋から脱出しエレベーターを使用して10階まで降りた。しかし、この男はそこで私を警察に売ったのだ。詳細、或いはその過程を覚えていないのだが。

 同じ設定ながらも見る毎に変化する夢への気付きは、私を覚醒させた。


21. 妻と私(THU)

 子供の姿がなかった。こんな狭い部屋の中で子供の姿が見えないというのは非常に不思議だ。私は妻に子供はどうしたのかと何度も問うのだが、妻はいつも知らないと答えるのだ。仕方なく私は机に向かって仕事をしている。妻は何か編み物でもしているようだ。編み物をしながら何かの歌を口ずさんでいて、その歌は不思議と私の眠気を誘う。
 私はいつのまにか眠ってしまっていたらしい。気が付くと乱れた布団の上にいた。すぐそばで妻が眠っている。私はぼんやりとしたままで部屋を見渡した。すると、どうもこの狭い部屋の中がいつもと違うように感じた。そうか、机だ。私の机の上に、もう一つ同じ机が逆さまになって乗っているのだ。これは一体どうしたことか。妻のいたずらだろうか。私は未だぼんやりとしたままに立ち上がり、何気なく逆さまの机の引き出しを開けた。
 どさり。
 私はまた他の引き出しを開ける。
 どさり、どさり。
 私は畳の上に落ちた我が子の腕やら足やらを眺めながら、ああ、どうやって直せば良いのだろうと思った。私は急に息苦しくなるのを感じ、布団に顔を押し付けるようにして倒れ込んでしまった。妻が起き上がる気配がする。何か言わなければと思うのだが、どうしても声が出なかった。「あなた、どうかなさったんですの?」妻の心配する声がやけに遠く聞こえる。私は何とか声を出そうとする。妻は私のすぐ側にかがみ込んでいるようだ。「大丈夫ですか? お医者さまをお呼びしましょうか?」妻が私の背中を優しくさすってくれている。
「……なん……で……も……ない……」
 私は自分のやけに掠れた声がそう言うのを聞いた。相変わらず妻は私の背中をさすっている。私はだんだんと楽な気分になっていくのを感じながら、「これで良いのだ」と思っていた。
 そこで、私は目が覚めた。


22. バウンティ・ハンター(THU)

 一様に黒い姿をした者たちが座っていた。皆俯いて、正座をしている自分の太腿をじっと見つめている。私もそんな黒い塊の一部となりながら、隣の女にそっと目配せをした。女はわかっているという風に視線を返す。ずっと変化のなかったこの場所にようやく動きがあったのだ。音もなく部屋の奥の扉が開き、真っ黒な袈裟掛け姿の坊主が入ってきたのである。坊主は畳の上を滑るように歩き、足音はまったく立てなかった。坊主は、棺を祭ってある奇妙な姿をした神の立つ祭壇の前に座り、何度か頭を下げる。さて、こいつの退屈なお経が終われば仕事にかかれる。そう思ったとき、坊主は懐からカセットレコーダーのような物を取りだして、畳の上に置き、人差し指でスイッチを押した。
「自ら仏に帰依し奉る。当に願わくは衆生、大道を体解して………」
 カセットから朗々と三帰礼が流れ出すと、一様に下を向いていた者たちは静かに泣き始めた。顔は下を向いたままで、その涙は自分たちの太腿を濡らしてゆく。それを満足そうな顔で見つめると、坊主はおもむろに立ち上がり、棺のフタに手をかけるとそれを開けてしまった。私と隣の女は唖然としてそれを見ていたのだが、他の者たちは先ほどとまったく変わらぬ姿勢で、じっと自分の太腿を見つめ、そこに涙を落とすばかりだった。坊主は棺の中から宝石のような物を取り出しては自分の懐に収めてゆく。おかしい、情報では賞金首である男は実は死んでおらず、棺の中で葬式が終わるのをじっと待っているはずではなかったのか。
「そこまでよっ!」
 隣の女が急に叫んだ。
「あんたが賞金首ねっ!!」
 女がそう叫ぶと坊主はゆっくりとこちらを振り向き、ぱんぱんに膨れた懐を見せ付けるようにしてにんまりと笑った。そして、こちらを向いたままゆっくりと最後の宝石を棺から取り出すと、それを口に咥えて畳の上を滑るようにして奥の扉へと歩き出した。私と女はすぐにでも立ちあがってそれを追いかけようとするのだが、長時間正座していたために足がしびれてまともに立ちあがることすら出来ない。そんな我々を振り返ることなく坊主の姿をした賞金首は奥の扉に消えた。
 痺れた足をかかえて畳の上を転がり回る我々など存在しないかのように、黒い塊たちは俯いたまま静かに涙を流し続けていた。
 そこで、私は目が覚めた。


23. 練習風景(THU)

「ボールの握りが甘いっ!」
 全身が四角形で構成されているかのような、妙にガタイの良い男が叫んでいた。男は数十人の男達の前に立ち、ボールの投げ方を指導しているらしい。私はその監督役としてここにいる。何故かそう思った。
 しばらく見ていると、どうも全員ボールの投げ方がおかしいように思えてきた。指導役の男からして何かがおかしい。最初は腕を大きく振りまわすように指導していたのに、今は肩口から押し出すように投げるように指導しているではないか。
「おい君、それは一体何のつもりだね?」
「腕の振りが遅いっ!! もっと速く、速くっ!」
 私の言葉など聞いてはいない。さらに、いつのまにか全員両手を使っており、肩口どころか、腰の上あたりから前方に突き出しているではないか。しかも、すでにボールを持っていない。両手を交互に前に突き出す様子は、空手の正拳突きを連想させた。
「おい! 何故そんなことを教えているんだ!!」
 男はやはり私に目もくれない。その服装はいつのまにか学生服になっていた。指導を受けていた者たちも全員学生服になっており、腰を充分に落とした格好で突きを繰り出していた。
「ファイイトォオオ!」
「押忍!!」
「ファイイトォオオ!!」
「押忍!!!」
「ファイイトォオオ!!!」
「押忍!!!!」
「ファイイトォオオ!!!!」
「押忍!!!!!」
「ファイイトォォォオオオオオオオ!!!!」
「ォォオオオーッスッ!!!!」
 そこで、私は目が覚めた。


24. 奴隷市場(THU)

 奴隷市場、とでも言うのだろうか。やけに卑しい顔をした男が、何も身につけていない男や女を台の上に並ばせ、安いよ安いよと声を張り上げていた。奴隷たちの足には、逃走を防ぐために鎖が付けられていた。
「そこの兄さん、どうだい? 見てくれよこの体。これだけ鍛えてありゃあどんな重労働だって楽々こなすよ!」
 私は奴隷たちの、すでに意思を宿していない目に耐えられず、その場を逃げるように後にした。しばらく歩くと、いつのまにか人気のない所に入り込んでしまったらしい。遠くから市場の喧騒が伝わってくる。私は行く当てもなく歩き続けた。
 ふと気がつくと、私の目の前には、闇を背景にして、数十人の年端もいかぬ少年少女が座りこんでいた。やはり何も着ていないが、先程の奴隷たちと違い、足首のみならず手首や首にまで鎖がまとわりついていた。ああ、何故この子らはこんなにも厳重に鎖で縛られているのだろう。私は何か声をかけようと思ったのだが、一体何と声をかければよいのかわからず、じっと彼らを見つめていた。
 そのうちに、私の一番近くにいた少女が、くしゃくしゃになった煙草のケースをおずおずと差し出した。ケースの中には、これまたくしゃくしゃになった数本の煙草が入っており、それは何故か震えていた。よく見ると、私に差し出した少女の腕自体が振るえているのだ。私はあまりに憐れに思い、少女の振るえる手を包み込むように握った。少女はその醜い顔を私に向け、口の端だけをにいっと歪ませた。多分、本人は笑ったつもりだったのだろう。
 私の手の中に収まった小さな手は、結局震えたままだった。
 そこで、私は目が覚めた。


25. 刑事物語(THU)

 ギュ、ギュ、と自分の足が雪を踏みしめる音がする。私は寝不足でぼうっとする意識をなんとか歩くことに集中しようと必死だ。
「ねえキミ」
 私は、私と連れ立って歩く男に声をかけた。そう言えば、まだ名前も聞いていなかった。
「はっ、なんでありまスかっ! 刑事殿っ!!!」
 その男は警官であったらしい。妙にぎくしゃくとした敬礼をして答えた。
「おいおい、俺は刑事たってただの巡査部長だよ。警部じゃないんだからそんなに堅くなるこたァないよ」
 ギュッギュッギュッギュッ。
「あのさあ」
「はっ、なんでしょうか」
 ギュッギュッギュッギュッ。
「現場ってどこなの?」
 ギュッギュッギュッギュッ。
 そうだ、私は目的地がどこなのかも知らずに、こんな雪の上を延々と歩いているのだ。
「殺しの現場は本官にはわかりかねますっ!」
 ギュッギュッギュッギュッ。
「そうか、それは困ったねえ」
 ギュッギュッギュッギュッ。
「誰か知ってる人はいないの?」
「はっ、純子ちゃんなら知っているハズであります」
 ギュッギュッギュッギュッ。
「……純子ちゃん?」
 ギュッギュッ。
「面白山スキー場のロッジで売り子をしている娘でありますッ! なかなかに可愛いので評判でありますッ!!」
「ふ〜ん、そうなの」
 ギュッギュッギュッギュッ。
「じゃあその面白山スキー場ってのはどこなの?」
「本官にはわかりかねますっ!」
 ギュッギュッギュッギュッ。
「誰か知ってる人はいないの?」
「はっ、順子ちゃんなら知っているハズであります」
 ギュッギュッギュッギュッ。
「さっきとは違う人?」
「そうであります」
 ギュッギュッギュッギュッ。
「その人の居場所も他の人に聞かないとわからないの?」
「はっ、全部で十名に尋ねて歩けば現場に到着する予定でありますっ」
 ギュッギュッギュッギュッ。
「それで結局、最初は誰を訪ねるわけ?」
「それは自分にはわかりかねます」
 ギュッギュッギュッギュッ。
「それは困ったねえ」
 ギュッギュッギュッギュッギュッギュッギュッギュッ。
 何の変哲もない真っ白な田舎道。私たちの歩く音がやけにうるさい。しばらく黙々とただ歩いていると、目の前に物凄い急坂が現れた。当然雪で真っ白で、ここを昇るのは苦労しそうだ。
「ここ、昇るの?」
「はっ、本官の勘ではこの坂を登りきった所に最初の一人がいると思われますッ!!」
「そうか、じゃあ昇らないとねえ」
 私たちが坂を登りかけたとき、道の反対側から声をかけられた。振り向くと、なんとなく見覚えのある男が、部下らしい鼠顔の男を従えて立っていた。
「おまえたち、さっさとこっちに来ないか!」
「は? 何故です?」
「そんな坂を登ったってスキー場があるわけないだろう。いいからこっちに来て一緒に掘るんだ」
 そう言うと男はスコップを肩にかついで歩き始めた。慌てて鼠顔の男が後を追う。私たちは顔を見合わせ、そして、少し困った顔の警官が言った。
「地面を掘ってどうするんでありますか?」
 この男は何を言っているんだろう。スキー場は地面に埋まっているに決まっているじゃないか。その掘る場所を調べるために私たちはこんな何もない雪道を延々と歩いてきたのじゃないか。
「場所がわかったらしいね。俺たちも行こうか」
 不満げな顔の警官を連れて、私は雪道を引き返し始めた。私たちの足跡はすでに雪で埋まってしまっていた。
「あのさあ」
「なんでありますか」
 ギュッギュッギュッギュッ。
「純子ちゃんに会えなかったのはちょっと残念だね」
「はっ、その通りでありまスッ!!」
 ギュッギュッギュッギュッ。
 その後、私たちは雪道を黙々と歩き続けた。
 ギュッギュッギュッギュッ。
 ギュッギュッギュッギュッ。
 ギュッギュッギュッギュッギュッギュッギュッギュッ。
 そこで、私は目が覚めた。


26. 白い刃をもつ女(あさみん)

 車を運転中、左側の道路沿いに女性がいるのに気付く。
 一本道。周りは枯れた草原のみ。そこへ不自然に白い帽子と白い洋服を身につけた美しい女性。
 その横を通り過ぎようとすると突然女性が道路へ飛び出してきた。
 慌てた自分は急ブレーキをかけて車から降り、安否を確かめに行った。
 女性はどうやら無事のようだ。こちらに近づいてくるが、顔はボンヤリとして見えない。
 この時、勝手に自分の頭の中に知り合いの名前が浮かんだ。え? この人が? そんなまさか……。
 そう思った次の瞬間、2枚の白く鋭い刃がブーメランのように弧を描きながらこちらへ飛んで来た。女性は無表情。恐ろしく殺気を感じる。
 逃げたいが怖さで体が固まって動かない。服を切り裂かれた感触が残る。
 違う。これは知り合いの女性ではない。こんな事をする筈がない。
 間髪置かず、再び刃が自分の体を傷つける。痛さがボンヤリと認識される。
 痛い……誰か……誰か助けてくれ……
 どうやら刃は女性の意識で動くらしく、何度も宙を舞っている。
 そうしているうちに、次第に女性はこちらへジリジリと近寄って来た。
 ダメだ。このままでは殺される。
 そう思った自分は必死に車の中へ逃げ込み、その場を離れた。
 女性はそれをあざ笑うかのように見送る。バックミラーにはどんどん遠のいて行く女性の姿。
 これでようやく救われたと思った。
 夢の中で待ち合わせをしていた人にその出来事を話すと、「自分も何度もやられてるよ。あいつはなかなか手強い」と言う。
 夢の中では自分だけではなかった。謎の白い女性の襲撃。


27. テレビをください(hirae)

 テレビが、力尽きようとしている。
 音がダメ、寒いとダメ。
 音量を極大に近づけると、電気的に接触が戻るのか、音を取り戻す。ボリュームを絞る。運がよければ、接触が保たれたまま適音になる。運が悪ければそうはならない。
 そうなれば、一からやり直しだ。
 居間のテレビである。窓ひとつで道路だ。
 政治家の演説と明石屋さんまの声を、張り合わせることもあるのだ。

 扉があった。
 ここからは、夢の話だ。
 扉は、道路の方向にあった。
 本来、人一人が通るほどのレンガ装飾の細道を隔てて、道路が存在する方角である。

 開けると、社長室だ。
 少なくとも重役以上の人間、そこの調度に大金を費やせる人間、端的には雇用者側の人間、そんな人間のための部屋がそこにあった。
 赤紫の絨毯には、薄黒い幾何学模様が走り、塗られた木目の机、皮の椅子、そびえ立つガラス棚に納められた栄光の品々。
 そして窓の外だ。
 社長室の行き当たりは、当然、ガラス張りなのだ。
 一面のガラス張り、その向こうは、大東京である。
 扉一枚で、郊外の住宅の一階から、東京の高層ビルの最上部付近へと移動したことになる。

 僕はお願いした。
 テレビが駄目になるのだと。
 その社長は良い人だった。
 「この部屋のテレビを買い換えるのだから、良いんですよ」
 14インチながら良い品である。それを抱えて僕は何度もお辞儀をした。
 何度も何度も、14インチの小さなテレビを抱えてお辞儀をした。

 二十一世紀の初夢だった。


28. 高所(BUREI)

 好天の下、四肢を伸ばすことが叶わず、一人体育座りをしている私の所在は、高さ四米ほどの平屋の屋根の上である。日当たりが良いためか、上機嫌でニコニコとしている私の肩を叩く男が、何時の間にか隣に寝転んでいた。私が振り替えると、その男はサングラスを太陽に向けて、何やら話し始めた。
「高い所、好きなんですね」
 私は決して高い所が好きなわけではないのだけれど、なんだか口を挟むのが億劫で、ただ肯いた。
「うん、そうだろうと思いましたよ。で、突然でスイマセンが」
 それは唐突だったので、呆気に取られて、私は口をぽかんと開けて聞いていたかもしれない。
「二週間前から話題になっている小学五年生がいるじゃないですか」
 その事件のことは知っていた。二週間前から、ある所に立て篭もっている自殺願望の少年を救おうと親兄弟警察消防が色々と策を練っているのである。尤も、私はその少年と血を同じくしているわけでもなかったし、警察や消防といった機関とも関係を持っていなかったのだから、世間一般の所謂大衆と同じような目の高さでその事件と接していたに過ぎない。そんな私にこの男は、言った。
「助けてもらいたいんですよ、彼を」
 見る見るうちに天気が崩れていくような気がして、私は空を見上げたけれど、好天は変わらず、太陽は燦燦と輝いている。私にはその眩しさが辛かった。男の方を向き直って、顔を強張らせて、或いは涙を浮かべて、言った。
「でも、彼は都庁の展望室の上でしょう?」
 手に嫌な汗がジンワリと分泌して、高所から下を見る時に沸き上がってくる嫌悪感が私を襲う。そんな簡単なことを察知できないのか、彼は補足するように言った。
「方法は任せます」
 いよいよ私も体裁を繕っていられなくなって、その場から立ち去ろうとしていた男にしがみついた。
「嫌ですよ、あんな高い所。恐ろしすぎます、許してください…」と涙ながらに震えながら言った。
 男は一寸吃驚して、
「あ、危ないですよ。わかりましたから放してください」
と、私を安心させた。私がホッと一息を入れると、彼はもう屋根から下りていて、下から叫んだ。
「頼みましたからね」
 私は慌てて、彼を捕まえてどうにか説明しようと思い、立ち上がると、急に足場がミシミシと鳴り出した。また、掌に汗が滲んで、慎重に一歩づつ戻ろうと足元を凝視すると、屋根板が横断歩道のあの縞縞の様に、一枚づつ抜けていて、私の次の一歩を待たずにもう足場が崩壊を始めていた。
 グラリという浮いた感覚と共に放り出された私のからだは、走馬灯を見るには長すぎる間、宙を漂い、地面に着地した。足がガクガクと震え、自分の無事を確認したと同時に、都庁での救出劇での死とその意識を吹き飛ばす高さを思い、指は冷たい感覚を憶え、頬を涙が伝った。夢であることを願ったが、それでも天気が崩れず、いっこうに視界が寝床に移らないため、尋常ではない大量の涙を流し、図らずとも枕を涙で濡らしてしまった。


29. 僕と子供達(ase)

 とある日の午後、僕は教室の窓側でぼんやりと外を眺めていた。気分の良い午後だ。風も優しくそよいでいる。窓の外はいわゆる裏庭になっていてそのすぐ側には坂道があり、危険の無いようにガードレールが敷いてある。僕はなぜだかその風景が好きでいつもぼんやりと外を眺めている。軽い睡魔に襲われてまどろみに包まれそうになったその時、外から賑やかな声が聞こえてきた。そして思わず僕は外を眺めた。小学生くらいの子供達がはしゃぎながら坂道を歩いている。僕にも昔あんな頃が有ったな、と思いその風景を眺めていた。
 眺めているうちに子供達はガードレールにまたがったり、乗っかろうとしていたりしている。今までは、ほほえましいで済んでいたが、子供達がそんな危険な事をしていたらほほえましいでは済まされない。その子供達に僕は、「おい、そこの君達そんなところで遊んでいたら危ないぞ」と、注意した。でも子供達は僕の注意が聞こえてないのか、その場から離れようとせずに”遊ぶ”事を止めようとしない。その後も僕は何回も注意をしたのだが、一向に子供達は止めようとしない。その内に”誰かが落ちるんじゃないか”と嫌な考えが頭の中をよぎる。その刹那、子供達の一人が「○○ちゃん」と叫んだ。一人の子供が足を滑らせて坂から落ちた。僕は思わず両手を出してその子供を受け止めようとした。
 だが、その子供は手をすり抜けて落ちていった。子供達が泣きながら「○○ちゃん」と叫んでいる。恐る恐る下を見たら僕は声にならない声をあげた。

 その子供は首から上が無かった。

 そして、僕は目がさめた。


30. 天才少年POKOPOKO(THU)

「じゃあ次は、今巷で噂の天才音楽少年こと池内くんを紹介しまーす」
 私の隣に座っている男がマイクに向かって軽薄な口調で語りかけている。防音構造になった狭い部屋の中には私とその男と、そして天才少年が座っていた。
「ええと、池内くんは独自のジャンル、POKOPOKOで有名だよね」
「はい、そうです。POKOPOKOはまったく新しいジャンルの音楽ですが、一過性のクソくだらない物ではなくて、世界的に定着する可能性を持った音楽であると自負しています」
「へえ、そいつは凄いね」
 私の相棒である軽薄な口調の男が池内少年と語り合っている間、私はずっと少年の持つ楽器をみつめていた。確かにPOKOPOKOという言葉から連想されてもおかしくはない楽器ではあるが、しかしながらこの楽器を用いたまったく新しいジャンルの音楽とは一体いかなる物なのか。
「少年、私は君の持っている楽器が気になってしょうがないのだが」
「なんだよ、おまえ知らないのかよ」
 私の言葉を受け、相棒の男が馬鹿にしたように言う。池内少年もまるで小汚い物を見るかのような目で私を見ている。
「すまないが私はPOKOPOKOという音楽のことなど初めて聞いた。それでその、君の持っている楽器、それはやはり鼓だろうか」
「本当に何も知らないんですね」
 思いっきり小馬鹿にしたような表情をし、鼻で笑う池内少年。
「これは鼓なんかじゃありませんよ。僕が独自に考え出した楽器で、イミュズート(Imuzut)という楽器です」
 少年が自信満々に楽器を示してみせる。しかし、私にはどうしても鼓にしか見えない。そのくびれた中央部分といい、両端に張られた皮といい、両端に渡された紐といい、どこからどうみても鼓である。大体名前からして鼓を逆にしただけではないか。
「やはり鼓にしか見えない。叩いたときの音が違うとかそういう事なのかね?」
 突然、少年と男が爆笑した。無知な者を見下す、心底馬鹿にした笑い方だった。
「あっはっはっは、いやあ、それジョークだったら最高のジョークだぜ。あーっはっはっはっはっは」
「本当に何も知らないんですね。ははははははは」
 しばらく笑った後、相棒の男が言う。
「池内くん、このあわれな男のためにちょっと演奏してやってくれよ」
「いいですよ。僕も何だかこの人が可哀想になってきたんで、せっかくですから聴かせてあげますよ」
 少年は鼓ならぬイミュズートを肩に乗せると、両端に張られた紐に指をかけた。
「打楽器だと勘違いされてたようですけど、これ弦楽器なんです」
 言いながら少年が紐……否、弦を弾く。
 ポコッ。
 ポコッ!? 弦を弾いたはずなのに、明らかに何かを叩いたかのような音だ。目を丸くする私の前で、少年は弦を弾き続ける。
 ポコポコポコポコスッポコポコポコポッポコリン。
 ポッポコリン!? 一体何をどうしたらそんな音が鳴るんだ!?
「僕なんだか興奮してきちゃいましたよ! お、踊りたくてたまらない!!」
「オッケー池内くん! 君のためにステージを用意してあるんだ!」
 相棒の男が何やら合図をすると、私の左手側の壁が開いてゆき、そしてその奥には広大なステージと数百人のバックダンサーが控えていた。
「ポッポコリ〜ン!」
 謎の言葉を叫びつつ、池内少年はステージに向かって走る。ステージに立った少年は、例によってポコポコという音の出る弦を弾きながら踊り出した。
「お腹ポコポコ!」
 少年とバックダンサーが腹痛で腹を押さえるかのような姿勢になる。
「頭がポコポコ!」
 頭を押さえて上を見上げる。
「ポコポコポコポコスッポコリ〜ン!」
 なんとも形容し難い動き。
 この三動作を延々と繰り返すダンサーたち。単純な動きにも関わらず一人動きの遅れる少年を気にもとめず、ダンサーたちは恍惚とした表情で踊り狂う。
「なんなんだ、これは。サバトか何かじゃあるまいし、何故あんなにトリップして踊ってるんだ? 大体これが世界に通用する音楽だと言うのか?」
 未だ隣に座っている相棒は、信じられないという表情で私を見る。
「おまえ、本当に知らないのか? 今一番売れてる曲じゃないか。この『天上天下ポッポコリン』は」
「天上天下ポッポコリン!?」
 驚愕する私などもうすでに目に入らないのか、男はいきなり上着を脱ぎ出した。
「も、もう辛抱たまらん! 俺も踊るぞぉおお!!」
 相棒の男が加わり、そして、いつのまにか増えているバックダンサーをも従えて少年は歌い、踊り続ける。
「お腹ポコポコ! 頭がポコポコ! ポコポコポコポコスッポコリ〜ン!」
 一体これは何なんだ。皆狂ってしまったのか。いや、皆が正常で、私が狂ってしまったのだろうか。私はその光景に圧倒されて、その場から逃げ出すことも出来ずに彼らの踊りを見続けるしかなかった。
「お腹ポコポコ! 頭がポコポコ! ポコポコポコポコスッポコリ〜ン!」
「お腹ポコポコ! 頭がポコポコ! ポコポコポコポコスッポコリ〜ン!」
「お腹ポコポコ! 頭がポコポコ! ポコポコポコポコスッポコリ〜ン!」
 まるで呪文のように彼らの言葉が私の脳に突き刺さる。私は次第に朦朧としてくる意識を必死に繋ぎとめている状態だった。意識を失ったら負けだ。何故かそう感じていたのだ。
「お腹ポコポコ! 頭がポコポコ! ポコポコポコポコスッポコリ〜ン!」
 気の所為だろうか。それとも私の意識が朦朧としている所為だろうか。段々とステージがこちらに近づいているような気がする。そして、彼らの呪文めいた声も段々と大きくなっているように感じる。
「お腹ポコポコ! 頭がポコポコ! ポコポコポコポコスッポコリ〜ン!」
 ああ、もう間違いない。間違いなく彼らは私に段々と近づいている。逃げ出そうと頭の隅でチラリと考えるが、どうにも身体がうまく動かない。ぼんやりと眺めているうちに、彼らはもう目の前にまで迫っている。
「お腹ポコポコ! 頭がポコポコ! ポコポコポコポコスッポコリ〜ン!」
 一瞬の間。
「そしてあなたもスッポコリ〜ン!!」
 総勢千名に達するであろう彼らに一斉に指を指され、私は「もうダメだ」と思った。
 そこで、私は目が覚めた。


[MainPage]