私が高専の4年生になって間もない、4月のある日のことでした。私は友人の狂介君(仮名)の家に遊びに行きました。免許取りたての私は、練習も兼ねて車で向かったのですが、実は彼は教習所に通い始めて4ヶ月、この時点で未だに1段階でありました。私が免許を取って以来、教室での彼の教習所での失敗談に頷きつつ、「いやぁ、免許を取るのって大変なんだねぇ」などと言っておいたので、彼は私が免許を持っているなど露ほども思ってないはずです。狂介君(仮名)の驚く姿を想像し、わくわくしながら車を走らせて、彼の家に到着しました。
ところが、出迎えてくれた狂介君(仮名)は平然としているではありませんか。おかしい、他の友人から私が免許を取ったことを聞いたのでしょうか。私は嘘は吐きたくありませんでしたので、誰かに免許のことを聞かれた時には正直に話していました。正直、今日のこの時まで狂介君(仮名)に免許のことを聞かれないかとヒヤヒヤものだったのです。残念に思いながら、彼に免許のことを知っていたのかと問いますと、彼は知らなかったと答えました。どうやら、彼は私が思っているよりも遥かに物事に動じない男のようだと、この時は思いました。しかし、後で本人から聞いた所では、込み上げる怒りを抑えるのに必死であったということです。今にして思うと、あの時の彼の顔は、まるで能面のように無表情であったように思います。
昔のことですから、昼まで彼の部屋で何を話したのか、何をしたのかは覚えていません。ただ彼が、私が免許を取っていたことに対して「騙された」というようなことを口にしたのだけは覚えています。ひどい言い掛かりです。私は聞かれなかったことを言わなかっただけで、騙してなどいないのです。
昼になり、彼がラーメンを作ってくれることになりました。しかし、そのラーメンは人間の触れてはならないものだったのです。何やら異様な匂いのするラーメンを前にニヤリとする狂介君(仮名)。これは何かと聞くと、「アロエラーメンだよ」と、またニヤリ。とりあえず食べてみることにした私は、ずずっと麺を啜ってみました。青臭いというか、苦いというか、とにかくこの世のものではありません。ふと見ると、ネギに紛れて何やら肉厚の緑色のものが浮いています。それを口にした瞬間、私の魂は絶叫を放ちました。もう少しで、精神の限界を超えた自由の地平へと旅立ってしまうところでした。およそ、生物の口にするものとは思われない代物だったのです。
「あ、それアロエの果肉。ただぶった切って入れただけだから、ちょっと苦いかもね。スープにはアロエエキスが入れてあるから。あれ? どしたのTHUくん。顔が青いよ?」
負けられねぇ。この勝負には負けられねぇ。私は食いました。顔に血の気がないのが自分でも分かりましたが、それでも私は吐き気を堪えつつ食いました。そして、スープは残したものの、一応食べ終え、私はこの勝負は引き分けだな、などと思っておりました。
その後、食後のコーヒーを飲みながら私は、あまりにも不味いラーメンについて文句を言いました。後味が死ぬほど悪く、こうしてコーヒーを飲んでいる今でもアロエの味が残っている、と言った時、狂介君(仮名)の目がキラリと光ったように思ったのは、錯覚だったのでしょうか。
「THU君、気づかないの?」
さて、いったい何のことでしょうか? 私は何のことかと彼に尋ねました。すると、彼はこう言ったのです。
「そのコーヒーにもアロエエキスが入ってるんだよ」
この悪魔のような男には一生勝てないのだろうか。次第に薄れゆく意識の中で、私はそんなことを考えていました。