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浅い眠り - [03]


31. 自転車屋を探して(TED)

 僕は自転車屋を探して、急な上りの坂道の歩道をとぼとぼと歩いている。
 いつも利用していた大学の駐輪場は盗難が多く、学生時代に何度か盗難に遭い愛車を盗まれていた。そのため、僕は自転車の後輪に、いつでも高価で頑丈なバイク用のパイプロックを取り付けていた。
 しかしあろうことか、今回の自転車泥棒は自転車の前輪を取り外し、チューブとスポークを取り外して持って行ってしまったのだ。

 空は晴れていたが、坂を行き交う乗用車やダンプカーが、排気ガスや土埃を巻き上げていて、空気は濁っている。
 確かこの辺りに自転車屋があったと記憶していたのだが。
 電車やバスの車窓から確認した時はすぐ近くにあると思ったのに、自分の足で歩くとなると遠く感じる。
 前輪のない自転車は、しばらく引きずって歩いていたのだが、しばらく前に置いてきている。目的地が近くにあるのは間違いないので、重い自転車を引いて歩くよりも、身軽になって自転車屋を探し、店員に来てもらった方が早いと考えたのだ。
 しかし、坂を三つ上り下りしたにも関わらず、目的の自転車屋は見つからない。
 僕は、だんだん意地になってきている自分に気がついた。すっかり自転車屋を探すと言う目的を忘れて、だんだん歩くのが楽しくなってきた。坂道の先に、信号のある交差点と、エーゲ海の空のように青く澄んだ青空が見えた。何となく「あの坂を登れば海が見える」という、国語の教科書にあったお話を思い出した。

 交差点の手前に、赤土が剥き出しになった造成地が見える。
 そろそろ引き返したほうが良いだろうか、と僕は思った。
 自転車の籠の中に置いたままだった鞄が気になり始めた。すぐ引き返すつもりでいたのに、ずいぶん遠くまで来てしまった。
 赤土の山の端に、ホームレスらしき母娘がちょこんと敷物を敷いて、一人は毛布をかぶって横になっている様子である。

 ふと、その母娘の様子がおかしなことに気がついた。
 近寄ってみると、横になっている娘は熱を出しているらしく、濡れタオルの隙間から覗く潤んだ瞳はひどく苦しそうだ。
(しかも美少女)。
 心配になって、僕は声をかけて事情を聞いた。
 母親らしき女性はなぜか藍染の着物姿で、良いところのお嬢様育ちという印象であった。何か訳ありの事情らしく、
「ニ、三日前に、主人と喧嘩して家を出てきて……」
 などと言葉少なげに説明してくれた。

 娘の様子はかなりやばそうな印象で、苦しそうに喘いでいる。これはすぐにでも救急車を呼んだほうがいいのではないかと心配になり始めた。
 母親は医者を呼んでも払うお金がない、保険証も持っていない、と説明した。
 しかし確か、人間らしく生きるための最低限の生活の権利というのは憲法の二五条辺りで制定されていたはずで、ちゃんと事情を説明すれば生活保護か何かを受けられるのだと学校で習ったような気がした(うろ覚え)。
 僕はそう考えてその話を母親に説明したのだが、母親は、主人に自分の居場所を知られてしまうのと困と言って躊躇していた。
 僕は当然のように、ここは母娘の力になるべきだと考えた。とにかく救急車を呼ぼうとしたが、残念ながら僕は携帯電話を持っていなかった。そこで公衆電話を探そうとしたが、なんてこった、財布は自転車のところに置いて来たままなので、小銭の持ち合わせがないではないか!
 って言うか、自転車のところに置き忘れてきた財布は大丈夫なのか?
 こんな所で話し込んでいて、そろそろ誰かに盗まれているのではないか?
 財布には二万円ほどのお金が入っていたはずだと思い出した。普段そんな大金を持ち歩くことは稀なのだが、恐らく自転車の修理の為に多めにお金を持ってきていたのだろう。それだけのお金があれば、救急車を呼びつけて、自分がお金を払うことも可能なはずだ。
 しかし高熱に苦しむ美少女と美しい人妻を置いて、既に盗まれて無くなっているかも知れない財布のために、自転車の所まで坂を三つ上り下りして往復するのは馬鹿げているのではないか?
 自分の財布の心配と、見知らぬ相手への心配、ここで恩を売っておいて美少女と親しくなれたらラッキーとかいう下心などが頭の中でぐるぐると交錯してパニックになり、僕は頭を膝で抱えた。
 どうする、どうする、どうする?

 というあたりで目が醒めた。


32. 小説好きの子供(THU)

 デパートなのだろうか。整然と並んだ商品の棚が地平線の彼方まで続いている。私が何をするでもなくふらふらと歩いていると、何者かに声をかけられた。そちらを向くと、小学校時代の、いや、中学校時代だったろうか、とにかくそれは私の恩師であった。恩師は息子の誕生日に何を贈るか決めかねて悩んでいるらしい。そこで、私は及ばずながら手をを貸すことにした。
「実はね、ファミコンを買ってやろうと思っているんだけど、今はなんだか色々なファミコンがあるらしいね。一体どれがいいのかさっぱりわからないんだよ」
「先生、今時いくらなんでも全部一括してファミコンと呼ぶ人はいませんよ。今はゲーム機と言えば通じます」
「え? まあいいじゃないか。ファミコンでちゃんと通じただろう? あっはっは」
「まあそりゃそうですが」
「それで、一番喜ばれるのはどれだろうね? お、これなんかゴツくていいねえ」
 そういって恩師が手にとったのはリンクスだった。
「……いや、それは多分喜ばれないと思います」
「あらら、そうなの? それじゃどれがいいんだろうねえ」
「今買うなら恐らくはプレステ2になるんでしょうけども……」
 リンクスが置いてあるとはここは一体どういう店なのだろうか。プレステ2だのの新しいゲーム機が置いてあるくせに、旧型ファミコンだの、マスターシステムだの、スーパーカセットビジョンだの、アタリコンピュータだの、挙句にあの黄色いブロック崩しゲーム機まで新品同様の顔をして置いてあるのだ。これでは何を買えば良いのか迷ってしまうのも当然だろう。だが、私はゲーム機を贈ることには反対だった。
「先生、確かにゲーム機を贈れば息子さんは喜ぶでしょうけど、小さい頃からテレビゲームをやらせるのはあまり良くありませんよ。もっとこう昔ながらのおもちゃの方が良いのではないでしょうか」
「ケン玉とかかい?」
「ああ、失礼。昔ながらと言うとそうなりますね。そうではなくて、黒ヒゲ危機一発とか、ああいうヤツですよ。まあ最近どういうのがあるのかはさっぱりわかりませんが」
「なるほどね。それじゃこれなんかどうかな」
「ブタミントン? 先生、これいかにも見た目は新品風ですけど、俺が小学生か中学生の頃に出たものですよ」
「古くたっていいじゃないか。なんだか面白そうだよ、これ」
「まあ面白いことは面白いですが、もっと頭を使うようなものの方が良いんじゃないですかね」
「う〜ん、それじゃあこれはどうかな」
「チクタクバンバンですか。さっきよりもさらに古くなってますね」
「これなんかいかにも頭使いそうじゃないか」
「確かに基本は15パズルですが、実際はあたふたとパネルを組み替える作業で手一杯で、頭を使う余裕なんてないですよ、このゲーム」
「なんだい、それじゃあ一体何がいいって言うんだい」
「そうですねえ……」
 私と恩師はしばらくおもちゃ売り場を歩き回った。台座を傾けてパチンコ玉をゴールまで運ぶゲームとか、釣り竿をたらして魚を釣り上げるゲームとか、どこかで見たようなゲームが数え切れないほど並んでいて、一体どれが良いのかさっぱりわからない。ふと、おもちゃ売り場の向こうに本屋があるのを見つけた。
「先生、本はどうですか。少年少女文学全集とか一揃いで贈ったら喜んでくれるんじゃないですか」
「本かい? 最近の子供は本なんて読まないよ」
「いや、だからこそですよ。小さい頃から本を読む習慣をつけておくと良いと思うんですけど」
「本ばっかり読んで頭でっかちの子供になったらどうするんだい? それに、最近じゃあファミコンの一つや二つ持ってないと友達と話も出来ないそうだよ」
「そんな友達はいりませんよ。大体いつもいつもゲームの話ばかりしてるわけじゃないでしょうし、もしそうだとしても本好きな子供と友達になればいいだけの話じゃないですか」
「今時本を読む子供なんていやしないよ。それにね、小さい頃から本なんて読ませていたら、君みたいな人間になってしまうじゃないか。僕はやっぱりファミコンを買うことにするよ」
 恩師はスタスタとゲーム機売り場に行ってしまい、そしてプレステ2を購入して去っていった。私はしばらくぼうっとしてそこに突っ立っていたが、なんとなく本屋に足を向けた。本屋にはやけに疲れたような表情の人間ばかりがいて、子供は一人も見かけなかった。私はなんとなく読みたくなった小説を一冊購入した。戻り際にゲーム機売り場を通ると、そこには展示されプレイ出来るようになっているゲーム機の前に数人の子供が群がっていた。そのゲーム画面には、まるで小説のような文章が画面一杯に表示されており、子供たちはそれを楽しそうに読んでいた。
 そこで、私は目が覚めた。


33. 昼下がりの漢達(紫怨)

 清々しい。実に清々しい。
 私は今昼下がりの土手を散歩している。
 やわらかな陽射しが水面を照り付けきらきらと輝いている。
 そよぐ風に乗りどこからともなく小鳥のさえずりが聞こえ、私はなんとも言えない満足感に浸っていた。
 この満たされた空間にいつまでも居たい、そう思う反面私の足取りは弾むように軽かった。
 そう、どこか一点に引き寄せられるかのように。
 しばらく歩いていると声が聞こえる。
「はっ!」
「ぬんっ!!」
「せいっっ!!!」
 あまりにもふさわしくない。
 静かな水辺、さわやかな風、やわらかな陽射し、私の心境、全てにおいて。
 声を聞いただけで暑苦しく、汗臭さまでも感じてしまう。
 私は声が聞こえた辺りに視線を移す。どうやら土手の下方、川側のようだ。
 嫌な予感を感じつつ近づくと、思わず目を疑うような光景が飛び込む。
 筋肉質な大男達がなぜか海パン一丁でドッヂボールをしている。20人はいるだろうか。
 小麦色に焼けた肌が汗でてかりボールを受け止めるごとに汗が雫となりはじける。
 私は呆然とし思わず立ち止まった。
 速い。凄まじい勢いでボールを投げ合い男達の戦いは更にヒートアップしていく。
 1人の男がボールに当り、内野に残った仲間達に「後は頼んだ」などと大袈裟な事を言い残し悔しそうに外野に走っていく。
 はたから見ればただのアホなのだがその試合を間じかに見た私は妙な共感のようなものを感じていた。
 不意に、外野に走っていく男が土手の上に居る私を見る。私の気持ちを悟ったかのようなタイミングで。
「そこの君!」
 どう考えても私だ。周りにも私以外居ないし、明らかに私の方を見ている。
 一瞬躊躇して「はいっ!」となぜか上官に従うかのような声を出すと、
「君もやりたいんだろ!ドッヂボール!!」
 やりたい訳が無い。
 試合のあまりの凄まじさに見とれ、一瞬感情移入してしまったがあんなのに混ざったら間違い無く死ぬ。
 私の答えを待つ前に、
「おい!皆!同士だぞ!!」
「おぉーーーっ!!!」
 男達が一斉に駆け上がって来る。
 何が同士だ。冗談じゃない。身の危険を感じた私は反対側の土手を駆け下り逃げようとするが、あっさりと追いつかれ腕を掴まれてしまう。
「やめてくれーーっっ!!」
 声になっていたか分からないが大声をあげたところで私は目を覚ました。


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