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浅い眠り - [01]


1. 見知らぬ男との決闘(THU)

 名も、顔すらも知らない相手と撃ち合っている。お互いの距離は遠く、なかなか当たらない。大量にある武器も、その大半を撃ち尽くしてしまった。恐らく相手も同様だろう。そのうちに、相手からの攻撃が止んだ。やった、奴は武器が尽きたに違いない。こちらにはまだレーザー銃が残っているぞ。相手はやけくそになったのか、こちらに走ってくる。私は狙いを定め、引き金を引いた。当たらない。レーザーが下に落ちてしまうのだ。銃口からは、古いコンピューターゲームのレーザーの様に、短い棒状のレーザーが発射され、そのまま地面と平行に落ちていくのだ。私は半狂乱になってレーザーを撃ち続けた。しかし、まったく当たらない。相手は無表情に突進してくる。何故だ。私は絶対的優位に立ったはずなのに。まずい、もう相手は目の前だ。
 私は懐にベレッタM92Fがあるのを思い出した。そうだ、他の武器とは違う、使い慣れたこの銃のことをどうして忘れていたのか。私はレーザー銃を捨て、ホルスターからベレッタを抜こうとした。早くしなければ! 焦る私の頭に、硬い物が押しつけられた。なんだ? 奴はもう銃を持っていないはずだ。いや、そうか、奴も懐に……
 不思議と痛みは感じなかった。ただ、ドンッという音がしただけで、衝撃も感じなかった。私は本当に撃たれたのだろうか。恐る恐る頭に手をやる。べちゃっと音がした。手を目の前に持ってくると、それは真っ赤に濡れていた。
 そこで、私は目が覚めた。


2. 振り向いてはならぬ階段(THU)

 薄闇の中、階段を登っている。階段はどこまでも続いているように見え、周りの空間は星のない宇宙空間のようだった。どうして階段を登っているのか、階段の先はどこに続いているのか、それがわからない。私の意志とは関係なく、私の足は階段を一歩、また一歩と登り続ける。ふいに、後ろから声をかけられた。女性の声で、振り向いてはいけないと言っているようだ。ああ、神話でそんな話があったなと思いながら私は黙々と階段を登っていった。
 どれくらい時間が経っただろうか。私はあまりに変化のない道行きに退屈し、後ろの女性に声をかけてみた。しかし、女性は振り向くな、振り向いたら自分は消えてしまうのだ、と繰り返すばかりだった。何故私が振り向くと君は消えてしまうのかと問うと、そういう決まりなのだ、だから振り向くなと答えた。私は不思議に思い、また聞いた。いつになったら振り向いていいのかと。階段を登り終えたらだ、と女性は答えた。多少、振り向いて女性を確認しようと思わないでもなかったが、決まりなのだから仕方がないという気持ちの方が断然強かった。私はもう女性と話そうとはせずに、先の見えない階段を登り続けた。
 気がつくと、階段ではなく、草原のような場所に立っていた。そうか、階段を登り終えたのだな、と漠然と思った。そうだ、あの女性はどうしたのだろう。まだ私の後ろにいるのだろうか。もう振り向いてもいいのだろうか。
「もう振り向いてもいいかい?」
 後ろにいるかもしれない女性に話しかけたが、返事はなかった。もう一度呼びかけたが、やはり返事はなく、草原を渡る風の音だけが聞こえた。私は恐る恐る後ろを振り返った。そこにはだだっぴろい草原が広がるだけだった。あの女性は、あの登ってきた階段はどこにいったのだろう。決まりを守ったのに、どうして女性は消えてしまったのだろう。
 そこで、私は目が覚めた。


3. 戦場に安らぎを(THU)

 戦場なのだろうか。私は一人の男と共に、川べりの草地をほふく前進していた。二人とも迷彩服を着て、機関銃のような物を持っていた。辺りからは銃弾の飛び交う音が聞こえてくる。とにかく、急がなければならないという気持ちがあった。それはもう一人の男も同じらしく、遂には立ちあがって走り始めた。私も仕方なく立ち上がり、走り始めた。しばらく走ると、まるで線画の3Dダンジョン風の場所に出た。真っ直ぐに続く道は遥か先で右に折れている。私達はその道を必死に走り始めた。見たわけでも音が聞こえたわけでもないが、後ろから誰かが追ってくるのがわかっていた。全力で走り続け、通路を右に折れると、その先もやはり真っ直ぐに続く道であった。私達はまたしても走り始めた。その通路には天井はなく、真っ赤な空が不気味だった。とにかく早くここから逃げ出したい。私は走った。初めは肩からさげた機関銃のカチャカチャという音が気になっていたが、そのうちに自分の呼吸の音しか聞こえなくなった。
 真っ直ぐ進んでは右に折れるということを何度も繰り返すうち、真っ直ぐ進む距離が短くなってきたことに気がついた。どうやら中心に向かって渦を巻くようになっているらしい。後ろにいる奴等が近づいてきているのを感じる。いや、すでにすぐ後ろまで来ている感じがする。
 角を曲がる。あった! 通路の先に扉が見えた。いつのまにが一緒に走っていた男が消えていたが、そんなことは気にもならなかった。そう、扉の向こうには姉さんが待っているのだ。扉に駆け寄ってノブを回す。
「姉さん!」
 扉の向こうは明るかった。台所のような部屋の中で、テーブルの前に姉さんが立って、微笑んでいた。
 そこで、私は目が覚めた。


4. 脅威の倭人軍(☆)

 僕は傍観者として「彼」を見ていた。
 世界規模の戦争が続くなか、「彼」は東洋文化についての研究を行っていた。「彼」の住む場所は南ヨーロッパのとある国である。学者であると同時に天才的な戦略家であった彼は、ある日、将校に呼び出された。その将校は位の高い人物であるらしく、部隊の派遣に関して相当の権限を持っているようであった。
「君に、東ヨーロッパでの戦線に参加してもらいたい」
 将校は地図上のある都市を指差しながら、そこでの交戦状況を説明しはじめた。「彼」は戦闘に参加すること自体に抵抗はなかった。しかし、将校の指した場所を見て、ここでは戦いたくないと言った。
「それでは、ここではどうか」
と、今度はロシアの東よりの所を指差した。しかし、そこでも「彼」は首を横に振って、ぼそっと呟くように言った。
「倭人軍とは戦いたくないんです」
「なぜだね、君ほどの人間が……」
 将校は不思議そうな顔をして聞き返した。
「彼らの軍にはTanukiがいる…わたしが何をやっても彼らには勝てる気がしない」
 そう言って「彼」は振り返り、引き止める将校に構わず部屋を出て行った。

 あたりはすでに暗くなり、空には満月が浮かんでいた。彼は家に向かって歩きながら、真剣に悩んでいた。どうすれば、狸が人を化かす能力を見破れるのか、と。

 後年、「彼」は日本に渡り、狸の研究に明け暮れた。戦争はどうなったのか、どうやって日本に来たのか、それはわからない。
 まるで江戸時代のようなセピア調の風景の中を、狸を抱きかかえた「彼」が歩っていた。その「彼」の後ろを、髪を結い、着物を着た女の人がたくさん歩いていく……

 そこで、僕は目が覚めた。


5. 闇の中の二重存在(サファイア)

 感じるのは闇。ただそれだけの世界に俺は横たわっていた。
 ぼんやりと、ここはどこだろうと考えると、不思議とここが道路であるように思われた。何も見えはしない。何も感じはしない。確かに横たわっているように思えるのに、地面の感触も感じない。それにも関わらず、俺は道路に、広い路地に横になっているのがわかった。
 ふと、闇の中に存在を感じた。何であろう、と思うと、視線の先に一人の男が横たわっているのを感じた。いや、恐らくは見えたのだろうが、まったく光のない闇の中で何故見えたのかはわからない。その男も俺と同じように道路に横になっているようだ。その目は見開かれ、微動だにせずにこちらを見つめている。男にもこちらは見えているであろうに、言葉を発する気配はない。何故か、自分から声をかけてはいけないような気がして、俺もじっと相手を見つめていた。
 いったい男は何者だろうか。どうもその顔に見覚えがあるような気がするのだ。髪の色、顔の形、目の大きさ、鼻の高さ、唇の厚さ。そうか、あれは俺だ。俺は俺を見ているのだ。ならば、この俺はいったい何者だ? そう思ったとき、向こう側の俺が、ニヤリと笑った気がした。
 そこで、俺は目が覚めた。


6. 軍国主義(藤崎猫)

 私は中学校の中を歩いていた。

 先日起こった戦争のせいでここが近隣の人々の避難所となっているのだ。
 人々はみな、教室の中ですごしている。
 
 学校の中には普通の人々だけではなく、兵士達も数多くいた。
 監視のためだ。

 ある教室のなかを覗く。

 普段だったら40人前後しかいない教室の中に60人近くの子供たちが詰め込まれ授業を受けさせられている。
 格好は皆同じ。赤いベレー帽をかぶり、黒のベスト、白いシャツで黒の半ズボンをはいている。
 年は7〜8歳くらい。子供達はうなだれ、ひっそりと座っている。

 後ろでは親達が、まるで授業参観のように立っている。
 しかし教室の中には、冷ややかな空気が流れている。ことり、とも物音がしない。
 兵士の黒板を叩く木刀の音だけが響いている。

 隣の教室では、何か失敗をしたのか子供が壁の縁に指先だけでつかまり、落ちると兵士に鞭で叩かれている。
 子供の体は痩せ衰え、申し訳程度に布が巻いてある。その布もぼろぼろになり埃まみれになり茶色く色あせている。

 兵士が叫ぶ。
「落ちたものはさらに刑の時間が延びるぞ!」
 気を失った子供を気遣い、親が代理として拷問を受ける。
 それすらも、耐え切れなかったものは親子ともどもぶら下がりの刑を受けていた。
 後ろには、その刑罰を受けるもの達の列が延々と続く。

 私は耐え切れなくなって、その場を離れるといつのまにか屋上に出ていた。
 友人(誰かは不明)も一緒だ。

 下を眺める。花壇にはきれいな花々が咲き乱れ、芝生は青々としている。
 青空には真っ白な雲が浮いている。

 不安、そして妙な開放感。

 と、ガラガラと大きな音がした途端、足元から建物が崩れていく。
 友人が目の前で落ちていく。私には何も出来ない……
 それどころか自分も落ちかけている。

 必死に建物にしがみつく。

 ……揺れが止まった。助かったのだ。
 たすかったー、と立ち上がった。

 と。ここで目がさめました。


7. 止まらない球(赤っぴ)

 薄暗い部屋の中に一人でいる。
 私は10歳ぐらいの子供の姿だ。
 立っているのか座っているのかはわからないが、右手の人さし指と親指で細い糸をつまんで持っていた。
 糸はだいたい10センチぐらいの長さで、先には紙ねんどでできたような、ビー玉ほどの小さい球がぶら下がり、かすかにゆれている。
 なんか嫌だな、とっさに私はそう思った。
 気が付くとさっきより少し球が大きい。
 重さは変わらないのに大きくなっているのだ。
 それになんだか揺れる速度も上がっているようだ。
 私は何もしていないのに……。
 気味が悪いので捨てたいと思ったが、なぜか手が動かない。糸を放すことができない。
 みるまに球は大きく膨らんでいき、動きもだんだん激しくなる。
 重くない球は両手で抱きかかえるほどになっても、大きくなるのをやめない。
 細い糸の先で狂ったように暴れ続ける。
 ああもう部屋がいっぱいだ。
 なんでこんなことになったんだろう。
 だめだ、押しつぶされる……
 と思ったところで目が覚めた。


8. 世代交代(THU)

 目の前を、カエルを元にしたマスコットキャラクターのようなモノの大群が蠢いていた。カエルだと思っていたのだが、よくみるとどうもガチャピンのように見える。だが、その十センチ程の大きさのガチャピンには、何かが足りなかった。何が足りないのだろう。じっと見詰めてみる。すると、目がないのだと気がついた。目のないガチャピンというのもおかしなものだ、と、ふと横を見ると、そこには青い上着を着た、オレンジ色のガチャピンが座っていた。
「!? どうしたんだ、ガチャピン!?」
 私が問うと、ガチャピンはピクリとも動かないままで言った。
「あ、僕まだ見習いなんですよ」
 そのガチャピンの隣にいた本物っぽいガチャピンが言う。
「僕とムックももう歳だからね」
 本物っぽいガチャピンの隣には、怪しげな色の上着を羽織ったうそ臭いムックと、本物っぽいムックがピクリともせずに座っていた。
 そこで、私は目が覚めた。


9. 染まらぬナイフ(C98)

 昔、殺してやりたいと思ったこともある。
 その男が立っている。
 手にはナイフ。
 俺は驚いた。
 奴は何か言い、俺も返した。内容は忘れた。
 会話が出来るのならば、思考状態は正常とみた。
 それに場所は街中だ。まさか刺すまい。
 奴が近付く。
 俺は逃げる。
 墓穴を掘った。
 誰もいない場所。地下。袋小路。
 二人きり。
 覚悟が出来たわけじゃない。
 でも始まってしまった。
 俺はやっとナイフを奪った。
 お互い無傷だ。ここで終わらせて欲しい。
 でも、あいつはまたナイフを取り出した。
 危なかったのを手の平で止めた。
 血が出たか出ないかも覚えてない。
 とりあえず痛くなかった。
 何度も続いた。
 もう耐え切れなかった。
 躊躇した。でも俺は切った。
 あいつの首を。
 でも切れない。死なない。
 引いても押しても切れない。
 最後に血が出た。
 恐かった。
 目が覚めた。
 汗をかいてた。
 泣きそうだった。
 震えた。
 なんでもっと早く目覚めなかったのかと思うと、余計に気持ち悪い。


10. 呪言の女(雲)

 霧の中を歩いていたら、突然首を羽交い締めにされた。
 苦しい。
 耳もとで息を吹き掛けられた。
 女の息の匂いだ。
 長い髪の女なのだろう。
 髪が私の肩、背中に触れる感触がする。
 何だ、女か。
 思いきって、女の小指を掴み、一気に腕を振りほどく。
 女の正体は受付嬢のTだった。
 受付け嬢だけあって、月並みに美人だし、性格も良いし、仕事も的確、おまけに胸が大きいので一部の社員と得意先には隠れファンも多い。
 俺も一度だけ彼女を誘って一緒にワインを飲みに行き、確か二人でボトルを3本ぐらい空けた記憶がある。
 そのTは白装束を着て目にいっぱい涙を溜めていた。
 何故?
 突然 Tは俺に抱きついてきた。
 不意の動作、そして体重の全部を俺に預けてきたので、俺は背中から倒れてしまった。
 甘ったるい吐息を吐きながらTは半眼で俺の眼を見つめる。
 目と目が合った。
 背筋が凍った。
 この女は死んだTなんだ。
 根拠はないが、直感でそう思った。
 そう思うや否やTは朱色の舌で俺の耳たぶをチロチロとなめ始めた。
 あくまでも、舌の先端だけを使っての攻撃だ。
 触れるか触れないかの微妙な接触。
 くすぐったさと恐怖で俺はどういう反応をしていいのか分からなくなってしまった。
 チロチロチロ。
 この一定の反復が続いたかと思うと、Tは不意に舌の全面を使って俺の耳全体を舐めあげた。
 べチョ−っとした感触。骨髄に電流が走る。
 舐める舌全体の唾液と一緒にかすかな甘い息が俺の耳に触れる。
 何てこった、勃起してきた。
 Tは今度は俺が着ていたTシャツを一気に剥がした。
 破いたのか、消し去ったのかは定かではない。
 夢なんで、そこらへんのことはよく覚えていない。
 とにかく上半身が無防備になった俺。
 もはや、脱出しようという意志は全くなくなっていた。
 気持ち良さに身を任そうという心境でもなかった。
 まぁ、滅茶苦茶気持ちがいいというワケでもなかったのだが。
 まぁいいや、どうにでもなれ、といった焼け糞的な気持ちが強かったのだ。
 多分死んでもいいや、昔の幽霊や妖怪に襲われた男の心境はこんなもんだったのかなぁ、と漠然と思いつつ、取り敢えず成りゆきに身をまかそうと思った。
 Tは俺の脇腹を軽く噛み始めた。
 くすぐったさを必死に堪えたので、脇腹がヒクヒクと上下運動をしていたに違い無い。
 構わずにTの攻撃は続く。
 Tの唾液でグショグショとなった脇腹に軽い鼻息がかけられる。
 一瞬の涼しさともくすぐったさともつかない感触が腰より1センチ上の背骨をかけめぐり、俺は一瞬「うっ」と声を漏らしてしまった。
 Tは一旦俺の脇腹から顔をあげ、俺のトランクスの中に細くて白い指をゆっくりと忍び込ませた。
 勃起していたペニスにTの指が触れた瞬間、俺はビクッと身体を硬直させた。
 指先が氷のように冷たかったからである。
「メリケエルバ・シンズッテーネゲッレゾスグイソ、テンパ」
 わけの分からない言葉を放つT。呪文か、それとも何かのまじないか?
「メリケエルバ・シンズッテーネゲッレゾスグイソ、テンパ」
 爪の先で軽く先端を摘む。
「メリケエルバ・シンズッテーネゲッレゾスグイソ、テンパ」
 次ぎの瞬間、俺のペニスがいっきに引っこ抜かれた。
 不思議と痛みは感じない。
 というよりも、こうされることが、この状況下においては最も正しい選択だとさえ思えてきた。
「メリケエルバ・シンズッテーネゲッ……」
 お返しをしなければ。
 俺はTの首を掴み、思いっきり絞めた。
 気持ちよさそうな恍惚の表情のT。
 さらに指先に力を込めたら、首がちぎれてどこかに飛んでいってしまった。
 ああ、勿体無いことをしたな、と思った矢先、背後から
「メリケエルバ・シンズッテーネゲッレゾスグイソ、テンパ」
という声が聞こえた。振り返ると、口元から緑色の血を流したTが微笑んでいた。
 次の瞬間、俺の股間にその顔が瞬間移動して、さっきまでペニスのあった場所に顔がTの顔がくっついた。
 そうか、これが俺の新しいおちんちんなんだな、と思い、試しにおしっこをしてみようと思った。
 ちゃんとTの口から黄色い小便が出てきた。
 Tの口が俺の小便でぬれるのがいやだったので、俺は空中に浮いていたティッシュペーパーを一枚取り、Tの口を拭った。途中でTはそのティッシュをムシャムシャと食べてしまった。
 ああ、それは汚いぞ、なんで喰うンだよ、と言ったら、Tは俺の顔を見上げて、ニヤッと微笑んで、
「メリケエルバ・シンズッテーネゲッレゾスゲレレレ、てけれっつ」
と言った。
 そして目が醒めた。
 夢精、は...していなかった。


11. 超越飛行物体(雲)

 街がざわめいている。
 人の流れにまかせて、中学校の校庭に行った。
 空にUFOが3機浮いている。
 黒い楕円形、すいかの種のような形のUFO。
 不規則な回転、まるで重力を無視したような運動は、とても地球のものとは思えなかった。
 左に3回すごい速度で回転したかと思うと、ほんのちょっとだけ急降下し、不自然に真横に平行移動する。
 一瞬にしてUFOの大きさがゴマ粒ほどの小ささになるほどの高度まで急上昇。
 パッと消えた次の瞬間、というよりもパッと消えるその寸前に超低空、つまり中学校の校舎の真上に出現する。グルグルと時計周りに回っているようだが、よく見ると、機体が縦に回転している。立体的なだまし絵を見ているような感じ。
 この一連の運動を、3機のUFOが正三角形の編隊を一糸も乱さずに行っているのである。
 俺はこの光景を見て、胸のすくような爽快感を覚えた。
 自分が持っていた極々小さな価値観、世界観(それを吹き込んだのは世の大人たちだ!)をあっさりと否定し、軽く超越してくれる存在が目の前にいるのだ。
 やがて、自衛隊のF-15が2機飛来してきた。
 世界最強と言われているこの戦闘機が、爆音とともに低空を飛んでこちらにやってくる。
 重力に逆らわないその直線的な飛行姿勢は、世間の慣習、モラル、ルール、常識すべてに従っているある種のスクエアさを感じさせた。
 逆にそれらのまどろっこしいルールを守った上での“世界最強”なわけでもあるから、F-15も別の意味で大したやつだと思った。
 でも、上空の3機のUFOにはとても太刀打ちが出来ないだろう、頼むから戦わないでくれ、と心の中で祈った。
 祈りが通じたのかどうかは分からない。
 が、取り敢えず3機のUFOと2機のF-15は戦わなかった。
 いや、正確に言うと戦えなかったのだ。
 UFOの編隊に接近中、2機のF-15は後部から煙を出して、近くの野原に緊急着陸してしまったのだ。
 これは、きっと上のUFOの仕業に違いない。俺は上空のUFOに感謝した。
 もし彼らが交戦していたら、きっとF-15は負けるに違いない。負けて無残な醜態をさらすくらいなら、最初から戦闘を出来ない状態に持っていった方が俺たち地球人は失望しないだろう。相変わらずUFOは曇った空の上で重力とは関係ない運動を繰り返している...
 目が覚めると、アタマの中がすーっとして気分が良かった。
 以来、このタイプの夢を見ていないのが残念ではある。
 思春期の少年の青臭い現実逃避願望だったのかもしれない。
 しかし、今でもその夢の内容、ことにUFOの信じられないような物凄い運動パターンは今でも鮮明に覚えている。
 この夢が、今の俺自身に何らかの影響を及ぼしているのかどうか、それは分からない。


12. くるくるゴムマリ(雲)

 赤いソフトボール大のゴムマリが、曇り空に向かって勢いよく飛び跳ねた。
 多分、ここは地方の学校の校舎だろう。
 誰もいないだだっ広い校庭。
 放課後なのだろうか?
 チャイムが寂しく鳴り響く。
 赤いゴムマリは女性の顔に変形した。
 変形する、というよりも赤いマリの表面に女性の顔が浮かび上がり、そこから手と足が生え、徐々に人間の体になっていったのだ。
 当然小さい。
 手の平ぐらいの大きさだが、存在感は何故かOL並みの大きさだった。
 何故OLだったのかは良く分からないが、とりあえずその時はそう思った。
 俺の顔を不思議な顔で見つめた。
 別段にっこりしたわけでもないが、特に俺に対しては悪い感情は持っていないらしい。
 とりあえず、彼女とコミュニケーションを取りたいと思った。
 話しかけるのが一番手っ取り早いのだが、なぜか話してはいけない世界だった。
 しょうがないので、そのマリから変形した女を空中に放り投げた。
 空の彼方に見えなくなるくらい高く舞い上がったゴムマリ女は、空の彼方で猛烈な勢いで回転を始めた。
 その回転する様を見て、俺は彼女の名前は「瑠璃(るり)」なんだろうな、と思った。
 何故そう思ったのかは分からない。
 猛烈なスピードで回転しているので、赤い巨大なドーナツのようだった。
 怖くなかったし、この現象に対しては何の疑問も持たなかった。
 至極当たり前の事実として俺の心の中では受け止めていた。
 背後に人の気配がしたのでふりかえると、一人のマジンガーZが立っていた。
 俺は直感的に、“ああこのマジンガーの正体は「瑠璃」だな”、と思った。
 背丈は俺とほぼ同じくらいのマジンガーZ。
 操縦しないとマズイと思ったので、俺はマジンガーの頭部の操縦席に次の瞬間いた。
 上空で回転している赤いゴムマリの輪の中に入るとどうなるだろうと思ったので、マジンガーを操縦して近くまで行ってみた。
 赤い輪の正体は白い台風だった。
 それも日本列島くらいの大きさの巨大台風で、非常に礼儀正しい台風だと思った。
 どうして礼儀正しいのかは良く分からない。
 とりあえず、お金を一杯持っていそうで、しかも物腰が丁寧そうな印象を受けたからだと思う。
 この台風の名前は「緑」さんだった。尋ねたわけではない。話しをしてはいけない世界だったから。何となくそう思っただけだ。
 この台風は大きくて強いんだけど、本当は弱いんだ、と思った。
 でもやっつけるのも勿体ないので、この台風を食べてしまおう、と思った。
 片手で持てるくらいに縮んだ台風をぱっくりと食べてしまった俺、いつの間にかマジンガーではなく、女のツルツルした背中の上に乗っかっていた。
 綺麗な背中ではあったが、お尻の溝のラインがちょこっと歪んでいたので一気に興醒めしてしまった。よく見ると、その女性は「瑠璃」だった。顔は良く見えない。背中から降りて詳しく顔を見てみようにも、ここは高度1万mの世界。降りたら地面に落下していくに違いない。それに、え?一万m?寒いじゃん、気温はマイナスだよ、と思った途端、猛烈に寒くなった。便意までもよおしてきた。
 トイレを探さなきゃ、トイレのあるところへ行ってくれ、と彼女に念じたが、「お寺にいかないとトイレがない」という意味のメッセージが送られてきた。しょうがない、お寺に行こう、それも中国のお寺じゃないと駄目みたいなので、そこに連れていってくれ、そう念じた。場所が急に代わって中国のお寺らしき建物の前までやってきたところで目が覚めた。
 布団は蹴飛ばしていて、なにもかけていない状態で寝ていた自分に気がついた。


13. 砂漠のレジスタンス(THU)

 砂漠を走っていた。私の乗った流線形のバイクは無理な疾走に悲鳴を上げていたが、私はアクセルを緩めるわけにはいかなかった。なんとしても私の前方を走る車に追いつき、あの子供たちに彼女が死んだことを伝えなくては。私は焦ってバイクを走らせるが、まったく追いつくことが出来ない。しばらくすると子供らの乗った車は私の視界から消えてしまい、私は困ったと思いながらバイクを走らせていた。
 ドン!
 すぐ後ろから爆発音が聞こえたと思った瞬間、私のバイクは大爆発を起こし、私はそのまま前方に吹き飛ばされてしまった。
 私は地下通路に立っていた。通路の先から子供の話し声がする。一人や二人ではなく、数百人はいるようだ。私が通路を進んで行くと、ホールのような場所に出た。そこでは、子供たちは縦に三段になって立っていた。よく見ると、二段目、三段目の子供は細い鉄パイプの上に立っているようだった。子供達は私を見ると黙ってしまい、先程までガヤガヤと煩かったホールは急に静かになってしまった。
「何しに来た!」
 誰が叫んだのかはわからなかったが、どうやら先程私から逃げていた子供の一人であるようだった。
「私はある組織の科学者に改造された改造人間だ」
 私は言った。
「だが、私を改造した科学者はその組織に殺されてしまった」
「その科学者ってもしかして……」
「そうだ。その女科学者は君たちレジスタンスのリーダーだった人だ。彼女は死の間際に君たちの力になってやってくれと私に言ったのだ」
 私が言い終わると同時に、子供らが皆拍手をし始めた。その拍手の中、先程私から逃げていた子供が、敵だと思って逃げてしまってごめんなさいと言ってきた。私は笑って、いいんだよ、と答えた。
 拍手が小さくなってきた頃、私が口を開こうとすると、
「では、次のプログラムに移ります」
と、司会者が言った。そして、何やら紙を取り出すと、ボソボソとした声でそれを読み上げ始めた。私は気にせずに話をしようとするのだが、私が声をだそうとした瞬間にだけ司会者の声は大きくなり、私は何も言えなくなってしまった。それにしても司会者の声の小さいことにはイライラする。マイクを使ってさえ、聞こえるのは何やらボソボソとした声だけだ。
「もっと大きい声で話せ!!」
 私は我慢が出来なくなって大声で叫んだ。すると、子供たちが何やらブツブツと文句を言い始めた。何を言っているのかは聞き取れないが、大勢の子供のブツブツという声はまるで呪文のように聞こえ、私を呪い殺そうとする呪詛のようにも思われた。私はだんだんと、女科学者を殺したのが私であるということがバレたのではないかと不安になってきた。そんな私を包み込むように子供たちの呪詛は続いていた。
 そこで、私は目が覚めた。


14. サイバーパンクな夜(THU)

 空中都市から地上へと張られたワイヤーが風にうなりを上げている。
 吐く息の白さに急に寒気を感じ、私はロングコートの襟を立て、歩みを止めていた足を再び動かし始めた。辺りに人気はなく、自分の足音だけが妙に辺りに響く。チカチカと点滅する街灯に虫が集まり、何が嬉しいのか明りの周りをくるくると飛び回っている。私は何となく気が変わり、表通りに出た。
 どっと押し寄せるように私の前に展開する明かりや音。目も眩むような高さのビルにこれでもかと飾り立てられたネオン看板が宣伝文句を叫び、様々な格好をしたサイボーグやらミュータント達が周りの音に負けまいと大声を張り上げながら闊歩している。空中では、わけのわからないペイントを施した数台のスピナーが四方八方に赤だの緑だのといったライトを照らして、警察のスピナーと追いかけっこをしている。やはり、こんな所に来るのではなかった。
「おい、てめえ」
 裏通りに引き返そうとした私を呼び止めたのは、右腕のみが通常の三倍ほどの大きさをしたサイボーグだった。
「てめえ、生身の人間のくせにここに来るとはいい度胸じゃねえか」
 私が何と言って切り抜けようかと考えていると、いきなり男はその巨大な右腕を振り上げた。ブン、と空気を切り裂く音に続いて、ドギャッと何とも漫画じみた音が聞こえた。私の視界はぐるぐるとビルや男や空や地面を回り、私と男が向かい合っている姿で止まった。男と向かい合って立っている私の体には首から上がなく、私は、ああ、だからこんなに視点が低いのかと納得した。
「生身だからっていい気になってんじゃねえぞ!」
 男は私の体に向かってそう言ったが、実際にその声を聞いているのは私の頭だった。
「親分、サイバネ医師はあっちですぜ」
 貧相な小男が右腕サイボーグにそう言うと、男は私の体を担いで小男と行ってしまった。私は頭だけでは動き様がないので大声で助けを求めてみたが、辺りを歩く人達はみなドラッグをきめており、私の頭に気づきもしなかった。
 どれぐらい経っただろうか。少し離れた場所の建物から先程の男が金を手に出てくるのが見えた。私がその建物の上を見てみると、「肉屋」と書かれた看板がど派手なネオンで飾られてピカピカと光っていた。
 そこで、私は目が覚めた。


15. 彼女は死なない(島崎忍)

 白いタイルの床とデッキシューズを履いた自分の足元。ジーンズ。白いシャツ。
 白いワンピースを着た髪の長い少女と向かい合って立ち、お互いうつむいている。
 少女の顔は見えない。

 握りしめた木の柄のナイフが少しずつ汗を帯びる。
 ゆっくりとナイフを刃が上になるように持ち直す。
 腹式呼吸を5回。
 左手を添えて少女の胃のあたりを刺す。
 軽い抵抗感があるが体重を乗せてそのまま一気にナイフの刃が全部隠れるまで刺し込む。
 血液がナイフをつたって右手を濡らす。中指から一滴、また一滴白いタイルに垂れる。
 靴に床に赤い小さな血だまりが増えていく。
 少女の上体が傾いて髪がさらりとナイフを持った手首に触れる。
 その瞬間に思い出す。「ああ、いつもの。」

 そして眼が覚める。
 ぼんやりした頭で考える。
「彼女はどうして生き返ってくるんだろう。死んでしまえばもう
 殺さなくてすむのに。」


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