[MainPage] [Back]

応援団物語 - [応援団としての応援歌練習]

 応援歌練習は早朝、講義が始まる前に行われる。そうなると当然、我々応援団も早めに学校に行かなければならない。私は常々大多数の学生が乗る電車よりも二本前の電車に乗って通学していたのだが、応援歌練習の際にはさらにもう一本早い電車に乗らなければならない。応援歌練習初日には、私が乗るのと同じ電車には新入生はほとんどみかけない。応援団の恐怖をまだ知らない証拠である。また、若干名の新入生がいたとしても、我々上級生に礼(普通の礼)をする者はいない。これから、礼儀というものを教えてやらねばなるまい。

 以前にも書いたように、初日は入団式である。新入生の前でエールを切り、問答無用で応援団に入団したことを伝える例のアレである。その後、校歌の練習をする前に、服装などについての注意をする。電波高専生は本来学生服着用(女子はブレザー)であるが、暗黙の了解というか、不文律として二年生までは制服を着ることになっていて、三年以降は私服でも良いということになっていた(ただし、私の卒業前に制服は廃止されてしまった)。もちろん我々はそこまで詳しく解説したりはしない。応援団が指導するのは、学生服のベロ(ポケットのフタみたいなヤツ)を出すこと、襟のホックをきちんと止めること、カラーをちゃんと付けること、名札を付けること等である。そして次に、先輩や先生方への礼儀を教える。礼儀などと言っても大したことではなくて、廊下ですれ違うときに頭ぐらいは下げろという程度の話である。これは私が三年生の頃までは徹底されていたが、そのうち新入生がまったく言うことを聞かなくなってしまったために徹底されなくなった。私の学年も、私の入学当時の団長などから見れば腐ってきていたのであろうが、電波高専に合格しても公立を受験出来る※1)ようになってからは一層拍車がかかったように思う。
 二日目になると、私と同じ電車に乗ってくる新入生が多くなる。応援団には普段から学生服を着なければいけないという決まりはないが、私は趣味で学生服を着ていた※2)ために一目で応援団だとわかるようで、新入生は私が近くを通ると急にシャキッとして、「おはようございます!」と挨拶をするようになる。そして私は「おはよう」と挨拶を返しながら学校に向かうのだ。しかし、挨拶をするのは明らかに応援団とわかる人物に対してだけであって、一般の上級生や、先生方には何故か挨拶をしない
「俺たちにだけ挨拶したって意味ねえんだよ。他の先輩方や先生方にもちゃんと挨拶しろや!!」
「押忍!」
 応援歌練習の半ば頃にいつもこのようなやり取りがあるのだが、返事ばかり良くて、実際にはあまり実行されなかった。

 応援歌練習の際には、応援団は新入生の前に並んでいる。初日と最終日は団員全員が前に並んでいるのであるが、それ以外の日には団長と副団長は新入生の間を歩き回りながら指導をする。声の小さい学生の真横に立って大声で歌ってみせたり、ズンズンとわざと足音を立てて近いて妙に緊張させてみたりとなかなかに楽しい。
 思い出したので、一つエピソードを紹介しよう。私が団長を務めていたとき、私はいつものように歩き回りながら指導をしていた。先頭に立って歌の指導をしていたのはU本という団員である。私はいつにも増して新入生の歌声が小さいのが気に入らず、「やめろ!!」と言って歌を中断させた。私一人の「やめろ」と言う声が新入生全員に聞こえるくらいであるから、彼らの歌声がいかに小さかったかがよくわかるだろう(とは言っても、「やめろ」と言って通じなかった記憶は一度もない)。
「昨日言ったよなぁ? 昨日の最後に歌った声の大きさが最低ラインだってよぉ! 昨日より声小さくなってるじゃねえか! もっと気合入れて声だせやっ!!」
「押忍!」
 また歌わせようと思ったのだが、時計をみるとあまり時間がない。そこで、最後に一度だけ歌わせるようにU本に指示をしようと彼を呼んだ。
「U本!」
「えっ? あ、はい!
 自分が呼ばれるとは夢にも思っていなかったのか、なんと彼は「押忍」ではなく「はい」と返事をしたのである。もちろん我々も人間であるから、間違いはある。しかし、ここでのミスは非常にまずい。私は一秒か二秒ほど固まった後に言った。
返事は押忍だっ!!
「ぉ、押忍っ!!」
 散々偉そうに指導をしている応援団がミスをするなど非常に情けない話ではある。


 さて、私は応援歌練習ではウケを狙う※3)べく毎年一つずつセリフを考えていた。全部は覚えてないが、覚えている物を一連の流れに沿って紹介しよう。

「もっとでけぇ声出せや! おまえらは馬鹿か? 何度同じこと言わせんだよ!! おまえらの脳髄はお猿の脳かっ!!! 次はもっと気合入れて歌えやっ!!」
「押忍っ!!」
「よし、もっかい歌え」
 私がそう言うと、指揮をしてる団員が言う。
「せぇぐぜぇぇえええええ!(さあ行くぜ)」
「押忍!」
「もいっちょぉぉおおおお!(もう一丁)」
「押忍!」
「もいっちょぉぉおおおお!!」
「押忍!」
「もいっちょぉぉおおおお!!」
「押忍!」
「しゅっつじんのうたぁぁあああああ!! うぅったぇぇええええ!!!! GO!!」
 歌い始める新入生。しかしやはり声が小さい。
「やめろやめろぉおおお!!」
 ダンダンッ!
 ここで竹刀を体育館の床に叩きつける。これは非常に効果的である。
「一体何なんだよそりゃ。応援歌ってのは選手達を応援するために歌うんだろうがっ!! おめぇらのは全然歌になってねえよ! 念仏以下だっ!! まだ般若心経唱えてる坊さんの方がマシだっ!!! もっと気合入れろやっ!!」
「押忍!」
「馬鹿野郎! 返事からして小せえんだよっ!」
「押忍!」
「小せえ!」
「押忍!」
「小せえよ!」
「押忍!」
「変わってねえよ!」
「押忍!!」
「小せえってんだよ!」
「押忍!!!」
「足りねえ!」
「押忍!!!」
「もっとだぁっ!」
「ぉぉお押忍っ!!!」
「返事だけはでけぇ声出せるんだな、オイ!! もう時間ねえから次で最後にすっけどよ、今の返事と同じくれえの声で歌ってみせろや。死ぬ気で声だせっ!! 命削って声だせやっ!!!
「ぉぉお押忍っ!!!」

 実際、気に入って毎年使っていたのは「命削って声出せや※4)」だけである。はっきり言って、応援歌練習において命を削ってまでして歌うほどの意味などまったくないのだが、それでも返事せざるを得ない新入生たちなのであった。


※1電波高専に合格しても公立を受験出来る
 高専の受験日は公立より早い(他は知らないが、少なくとも電波高専はそうであった)。そして、高専に合格すると、公立の高校を受験することは出来ないというシステムになっていたのである。故に、当時県内で二番目か三番目辺りの公立高校と同ランクであった電波高専を受験する人間は限られており、それなりにまともな人間が入る学校であったのだ。ところが、電波高専に受かっても公立を受験することが出来るようになってしまったためか、段々とレベルが下がってしまい、どうにもガラの悪い学生等が増えてしまった。これは酷い偏見であるように思われるだろうが、学生の質が急激に下がったのは事実である。その理由については私の独断であるが、あまりに時期が一致しているのでそう考えるのが自然であろう。
 注:聞いたところでは、高専の面接試験の日と公立受験日が同じであるとか何とか。つまりはまさにただの偏見と独断であったわけで、何のことはない、私の先輩が我々を見て学生の質が下がったと思うのと同じように、私も後輩を見て学生の質が下がったと思っていただけに過ぎないようだ。
※2趣味で学生服を着ていた
 私は高専の五年間をずっと学生服を着て過ごした。真夏ですらもワイシャツではなく学生服を着ていたので、友人たちには大分暑苦しい思いをさせたようだ。
※3ウケを狙う
 ウケを狙うと言うのは少々言い過ぎ(本当に笑われても困る)で、何か特殊なセリフを言って、「応援団の人たちって一体何なんだぁ?」と新入生に思ってもらえれば成功という程度である。
※4命削って声だせや
 後に聞いた話では、このセリフは新入生たちにとってかなり印象深かったらしく、私の決めセリフのように思われていらしい。それどころか、普段からこういうセリフを連発するバリバリの硬派野郎だと思われていたそうで、少々驚いた。

[MainPage] [Back]